第24話 魔法使いへの道のり

「実は、魔法に興味があるんですが……俺でも使えるようになりますか?」


「う~ん。答えるのが難しいね。無理とは言わないけど」


 本題を切り出した俺に対し、ハーシェルさんが考え込む様子を見せる。


「前に話してくれたけど、ここに滞在するのって次の春までだったよね?」


「そのつもりです」


「今から覚えるとなると、ちょっと短いかな」


 どうも、魔法の習得にはまとまった時間が必要になるのが当たり前らしい。

 もっと言うと、半端な時間で多少の魔法を覚えても、あまり意味はない。簡単な魔法程度であれば、魔道具に任せればいいからだ。


「もちろん、魔道具頼みだと金はかかるし荷物も増える。でも、覚えていたらちょっと便利程度の魔法を覚えるために時間を費やすよりは、モノで解決するのが効率的だとは思うね」


 なるほど。どうせやるなら、本格的にやらないと……ってところか。


「いずれは……と思わないでもないですけど、今は他にやりたいこともありますし、ひとまずは魔法にまで手を伸ばさない方が良さそうですね」


「そうだね。まとまった時間を用意して、ここよりも大きな……専門の学校がある都市へ行くのが、結局は一番の近道になるかな」


「なるほど……」


 今後、どうなるかはわからないけど、そういう道も選択の一つに入れておいて良さそうだ。

 この港町よりも、さらに大きな都市っていうのにも興味はあることだし。

 と、俺からの相談事は、実はここまでだったんだけど……ハーシェルさんの方は、まだ言い足りないことがあるようだ。焼き菓子を頬張りながら、ティーカップに視線を落としている。


「……今、中途半端に手を付けるのは、ちょっと微妙とは言ったけど、今からやっておけることっていうのも、実はいくつかあってね」


「トレーニング的な何かですか?」


「そんなとこ」


 そこでまず、ハーシェルさんは、そもそも魔法というものについて軽い解説から始めた。


「例えば殴り合いの喧嘩をするとしよう。殴られなくっても、こちらから殴り続ければ疲れてくる。そうして体力が落ちてくると、元気だったときよりも、攻めも守りも甘くなるよね」


 殴り合いの喧嘩はしたことがない俺でも、そういうことはわかる。狩りなんか、獣を攻めあぐねさせて疲れさせ、その隙を突くことも多い。

 で、実は魔法も似たようなものらしい。


「魔法を使えば、体から魔力が外へ出ていく。最初の内は無視できる消費だとしても、続けるほどに、魔法の勢いは損なわれていく。それに、守りも甘くなる」


「守りも甘くなるってことは……敵からの攻撃を防ぎにくくなるんですか?」


「そうだね。意識して防ぐだけの、手が回りにくくなるというのもある。それだけじゃなくて、魔力が減ることそれ自体、他者からの魔法への抵抗力が損なわれることでもある。殴り合いの喧嘩に話を戻すけど、相手から殴られたとして、自分の体力が十分だったら……どうかな?」


「防ぐのは簡単ですし……ガードできなくても、疲れているときと比べれば、まだ我慢できてマシですね」


「魔法でも、ちょうどそんな感じなんだ。残っている魔力が減れば減るほど、相手から受ける魔法の威力を、大きく感じるようになる」


 島には本格的な魔法使いがいなかっただけに、こういう話は貴重だ。

「だから、中途半端な魔法でムダ遣いしちゃいけないってことですね」と、さっきの話も絡めて口にする俺に、ハーシェルさんがうなずいた。


「ただ、魔法を覚える前に魔力を鍛えたり、魔力をコントロールする感覚を養う意味はあるよ。魔法を使わなくても魔道具で魔力が必要になるし、魔力を操る魔獣への抵抗力にもなる。それに、いざ魔法を覚える時、鍛えた魔力が大きな助けになるしね」


「なるほど。魔法使い以外にとっても、魔力は大切ってことですね」


「ま……そこまで手を広げる余裕がない冒険者が多いのも事実だけど」


 逆に言うと、俺は余裕ありそうだから、今の内にやってみたら――というわけだ。

 にわかにやりたいことが増えていくようだけど、どれも結局は何らかの形でつながり合うんじゃないかとも思う。単に、順番とやり方の違いがあるだけで。

 では、具体的に何をすればいいんだろうか。思わず姿勢を正す俺に、ハーシェルさんが少し嬉しそうな笑みを浮かべた。


「準備段階からやっておけるトレーニングとしては、まず魔力のムダ遣いかな」


「ムダ遣い、ですか」


「体力づくりと同じだよ。毎日温存・・したって、結局は何も育たないだろ? 走り込みなんか、走ってもどこへ行くわけでもない、体力のムダ遣いみたいなものだし。たくさん使って、このままじゃ足りないと体に思わせて、それで回復力と持久力を養うんだ」


 さすがに指導役ということもあって、俺にもスッと馴染むお話だった。

 では、具体的にどうすれば魔力をムダ遣いできるか。手っ取り早いのは魔道具だという。

「どこで使っても安全なやつで、しかも疲れるやつ」がベストらしいけど、あいにくとそういうのはあまりないとのこと。

 なんでも、大量の魔力を要求する魔道具は、それ自体にも相応の負荷がかかってしまう。結果として、材料や手間暇がかかった高価なものになるんだとか。


「だから、市場に出回っている安物で、魔力をチマチマ使うことになるかな。それはそれで、魔力を使う感覚を養えて良いんだけども」


「なるほど」


「ま、君にとっても普通に使い道がある奴を選ぶのがいいね。お金や持ち運びの都合もあるだろうし。ただ、本来は使わないタイミングでも使えるような魔道具だと、手が空いた時にトレーニングに使えて便利……ぐらいに考えてもらえるといいかな」


 そういう魔道具の一例として、ハーシェルさんは魔力ランタンを紹介してくれた。

「昼間から明かりを灯すのはアホくさい」と苦笑いしつつも、安全なムダ遣いとしては申し分ないのだとか。

 どうせ火打ち石に代わる魔道具も欲しかったところだ。冒険者稼業も問題なくやっていけそうだし、ここいらで仕事道具にちょっとした投資するのもいいだろう。

 さっそくメモを取り出し、購入を検討すべき物品を書き連ねていく。


 すると、ハーシェルさんから追加の情報がもたらされた。魔道具以外にも一考してもらいたい品があるという。


「魔力薬なんだけど」


「魔力を回復させるっていう、アレですか?」


 実は、故郷の街の錬金屋にも、そういう薬が置いてあった。

 島には本格的な魔法使いがいないし、俺は誰も買わないだろうと思っていた品で、実際に買われた試しもないのだとか。

 それでも、錬金屋のジイさん曰く、「これがないと錬金屋っぽくない」とかナントカ。

 そんな魔力薬に、魔法使い見習いですらない俺が手を出してみたらという。


「あえて、魔力が充実している時に服用して、意図的に魔力をあふれさせる。そうした、一度は自分の身体を経由した魔力を感じながら、魔力を操る感覚を養うというのは、魔法使いとしてはよくあるトレーニングでね」


「へぇ~、意識して疲れさせるだけじゃなくて、逆のもあるんですね」


「ま、お金かかるけど。魔法使い自体、割りと富裕層向けってところあるし……」


 と、ポツリ口にするハーシェルさんは、少し間をおいて「僕んちは普通の平民だよ」と付け足した。


「それはともかく……一度は魔力薬を飲んでみて、『魔力』ってものを感じてみるのも、いい経験になると思うよ」


 確かに、今まで生きてきて、魔力というものを感じたり意識したことはない。

 生きていれば誰だって、大なり小なりの魔力はあるはずだというのに。


 ハーシェルさんの口ぶりからするに、ちょっとお高い買い物になるかもしれないけど、これも経験だと思って、俺はお買物リストに一品加えることにした。

 そこへ、またひとつアドバイスが入る。「魔力薬買うなら、おすすめの錬金屋があってね」と、その店への道を教えてもらえた。

「何から何まで、すみません」と頭を下げる俺に、「いいからいいから」とハーシェルさんが笑う。


「その店、実は弟の彼女さんがやってるところでね」


 つまり……身内の宣伝みたいな面もあるってことかも?

 でもまぁ、知らない街だし、まったくの手探りよりかは安心か。


「ハーシェルさんの事を伝えたら、サービスしてもらえますかね?」


 少し冗談っぽく尋ねてみると、いい笑顔で「まさかァ!」と即答をもらえた。


「僕はサービスしてもらえたことなんて、一度もないな」

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