第23話 思いがけない新要素

 故郷を離れ、港町アゼットで冒険者になって数日が経った。


 仕事の方は、まだ勝手がわからない部分は多々あるけど、うまくいっている。

 俺は冒険者ギルドの一員としては、間違いなく一番の新人だけど、戦闘力で言えば――だいぶ上の方ではあるらしい。

 そんな、やり手のぺーぺーという微妙な立場だけど、ギルドの先輩方は……

 どうも、俺のことを面白がってくれている様子だ。

 もちろん、みなさんにも先輩としてのメンツがあることだろうけど、それよりも安全確実に仕事をこなすことを優先するスタンスらしい。

 だから、俺みたいに聞き分けが良い新人の即戦力は、みなさんとしては願ってもないのだとか。


 合理的、実利的な先輩方のおかげで、仕事を苦にせずこなせている一方、植物探究の方も中々いい感じだった。

 果物屋に続いて八百屋でも、多品種の取り扱いがある野菜があった。生食には適さないということで、味の違いを見るのに難儀したけども。

 それと、【植物のことがよくわかる能力】には直接関係ないことだけど、なんとなく発見したこともある。


 まず、野菜よりも果物の方が、取り扱われる品種が多い傾向がある。

 ただ、果物でも見慣れない種類のものは、一品種だけの扱いということもしばしば。海外等の遠方から取り寄せている果物とかだ。

 たぶん、品種でアピールせずとも十分珍しいから……ってことなんじゃないかと思う。

 あと、取り扱う商品の種類が増えると、それだけ管理も大変になるはず。となると、一個、あるいは一食あたりが安い商品で何品種も取り扱うっていうのは、儲けにつながならなくて難しいんじゃないか。

 野菜よりも果物の方が、取り扱い品種数が多いのは、そういうことなのかもしれない。

 それにしては、単価が安そうなイモ類が、色々な八百屋で種類豊富だったのは……他の野菜よりもさらに身近だから。食卓で存在感があるから。葉野菜なんかよりも保存が効くからってところか。


 そこで少し立ち止まって考えてみると……【植物のことがよくわかる能力】というご加護も、実際には植物を通じて商売や社会の理解に繋がっているように思える。

 色々な意味で、考えさせるご加護だ。



 ある日のこと。朝イチで森へ出かけて魔獣を狩り、昼には戻って昼食をとって解散した後……

 俺は街で、ハーシェルさんとバッタリ出くわした。

 どうも、アレンやエルザ以外にも受け持ちの教え子がいるらしい。ギルドや街中で顔を見かけることはあっても、一緒に仕事をしたのは初仕事の一件だけだ。

「元気そうだね」と爽やかに微笑んでくるハーシェルさんに、俺は「おかげさまで」と返した。


「仕事上がりかな?」


「はい。ハーシェルさんは?」


「今日は非番でね。ブラブラしてるんだけども」


 たまの休暇っってヤツか。

 実は、ハーシェルさんに聞いてみたいことがあった。休日のジャマになっちゃ悪いとは思いつつ、話を切り出してみる。


「実は、少し相談がありまして……そう長くはならないと思いますけど」


「相談? 僕でいいのかな?」


 困ったように微笑みながら謙遜してくる。

 実のところ、ハーシェルさんはギルド内でも「お調子者」的なポジションにあるらしく、同僚のみなさんから笑いを取る場面を何回か見たことがある。

 でも、仕事については真面目だとも思う。後輩への面倒見も、きっと確かだろうし。


「ハーシェルさんがよろしければ」と話を続けると、少し間をおいて「いいよ」と快諾してもらえた。


「それで、内密な話?」


「いえ、そういうのではなくて、聞かれても構わない程度の話です」


「だったら、適当な店で茶でも飲みながらにしようか」


 そこで、ギルド近くの喫茶店へ向かうことに。

 こういう茶店ってやつも、故郷にはなくて初めてだ。店の作り自体はアットホームで落ち着くものだけど、少し身が強張こわばるのを感じる。

 そもそも……何を注文すればいいんだろ?


 結局、ウェイトレスさんとハーシェルさんをあまり待たせてもと思い、俺は正直に最短距離を行くことにした。

「こういう店、実は初めてで……」と、恥を忍んで口にする。そこへ間をおかず、ハーシェルさんが言葉を継いだ。


「僕も、色々あって目移りしちゃってね。よければ二人分、君が決めてくれないかな?」


 と、ウェイトレスさんに判断を投げかける。

 オーダーを託されたウェイトレスさんは、ハーシェルさんとは顔なじみらしい。「ヤレヤレ」的な苦笑いで鼻を鳴らした。


「では、初めてのお客様には、当店一番人気の品をお持ちしますね」


「僕のは?」


「高いのを適当に持ってきます。茶菓子もつけますね?」


「サービスかな?」


 すると、「まさか」と言わんばかりにウェイトレスさんが鼻で笑う。

 ずいぶんとぞんざいな扱いだけど、ハーシェルさんから文句が出ないあたり、問題はないんだろう。

 結局、「それで頼むよ」という、中身があるのかどうかわからない注文を受け、ウェイトレスさんは俺にニコリと笑ってお辞儀をした。


 茶が出てくるまでは、そうはかからないようで、程なくして注文の品がやってきた。

 正確には、注文を任せた品だけど。

 テーブルに置かれた白いティーカップからは、ほのかに甘みを感じる、香ばしい湯気が立ち上る。八分目まで注がれている液体は、透き通る濃い橙色。

 また、ティーカップとその受け皿の横には、小鉢が3つあって、それぞれ砂糖やジャムが入っている。

 これらは、茶の味を整えたり、茶菓子につけて楽しむらしい。


「最初はストレートで味わっていただいて、後ほどお好みで甘みを足していただければ」


「わかりました」


「僕にもちゃんと接客しよ?」


 横から口を挟むハーシェルさんに、ウェイトレスさんはただニコリと笑って席を離れていく。

 まぁ、これがいつもどおりらしく、軽くあしらわれてもまったく気にした様子がない。「茶菓子はお好きにどうぞ」とにこやかに言うハーシェルさんに、俺は「ありがとうございます」と頭を下げた。


 さて……相談事はあるものの、まずは茶だ。ティーカップを近づけると、鼻をくすぐる香りが更に強くなる。なんというか、他に経験したことのない、独特の香りだ。

 恐る恐るティーカップを近づけ、口に含むと……ふわりと味が広がっていく。変わった苦味や渋味もあるけど、決してイヤな感じはしない。酸味や甘味を引き立てるような、なんとも言えないバランスを感じる。

 そして、目を閉じるとやっぱり、星座らしきものがチラつく。形や色、その組み合わせを見た感じ、野菜や果物とも違う、これまた独特のものだ。


 そこでふと、俺はメニューを手に取った。

 茶にも色々種類がある。それが調理法みたいなものの違いなんじゃないかと思っていたけど……


「どうかしたかな?」


「いえ、このお茶って、結局なんなんだろうと思いまして」


「多分、ブレンドじゃないかな」


 ブレンド……ってことは、混ぜてるってことか。

 何を?

 いや、混ぜるのは茶なんだろうけど、混ぜ合わせる茶たちに、それぞれどういう違いがあるんだろう?


 思いがけないところで疑問にぶち当たる俺の前で、ハーシェルさんは伝票を手に取った。たぶん、俺の茶の正体を確かめようというのだろうけど……

 顔を見た感じ、読めなかったようだ。すぐに手を軽く上げ、さっきのウェイトレスさんを呼びつける。


「何でしょう?」


「いや、結局なんの茶だったんだろうって」


 一応、これは俺の疑問だから、俺の方からも聞く姿勢を作ってうなずいた。

 ハーシェルさんだけに任せておくと……なんというか、女の子とくっちゃべる口実みたいに受け取られて、軽くあしらわれるんじゃないかと思ったし。

 この、「俺が知りたい」という気持ちが伝わったようで、ウェイトレスさんは

穏やかな微笑を浮かべた。メニューを手に取り、開いて指差してくる。


「当店一番人気ということで、アフタヌーンブレンドです」


「ほら、合ってた」


「ブレンドというところまでは、でしょう?」


 どうも、さっきのやり取りは聞こえていたらしい。ニコリともせず指摘するウェイトレスさん。

 それはともかくとして、気になることがある俺は、せっかくなので彼女に尋ねることにした。


「ブレンドしてないお茶も色々とありますけど、これって……茶の淹れ方が違うんですか? それとも、茶の種類が違うとか?」


「違いですか……」


 ウェイトレスさんは、少し不思議そうにして何度か瞬きをした。

 ただ、めんどくさい客とは思われなかったようで、質問に向き合ってもらえているのを感じる。


「茶葉にも色々と種類がありますし、産地によってもお茶の性質が変わってきますね」


「産地ですか?」


 つい最近、「品種」なる概念を得た俺に、また新たな概念が示された。

 まぁでも、「産地」の違いの方は、品種よりは直感的にわかりやすいか。


「水や土地、あるいは気候の違いが、茶に現れるって感じですか?」


「はい。そこまでこだわらなくても、お茶は楽しんでいただけると思いますが……趣味や仕事として追求するのなら、とても重要な要素ですね」


 なるほど、奥が深い。

 で……俺自身の舌はともかくとして、違いを見出せる・・・・ご加護があるのなら、こういう産地の違いもわかるかもしれない。

 ただ、まずは相談事優先で行こう。他にもやりたいことはあるし、茶や産地のことは頭の片隅に入れておいて、と。

 (俺には)親切なウェイトレスに頭を下げると、彼女はニコニコと笑みを浮かべ、「ごゆっくり」と言ってテーブルを離れていった。


「それで、用件というのは?」


 小さな焼き菓子にジャムを付けながら問いかけるハーシェルさんに、俺は居住まいを正した。

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