第22話 余暇の過ごし方

 とりあえず、いくつものオレンジという食料は得ることができた。今から八百屋へ行っても、単に持て余すだけかもしれない。

 果物だけっていう食事も、たまにはいいだろう。店巡りはひとまずこれで一区切りとしておいて、俺は街の外へ出ることにした。


 昨日の仕事では、街の東にある森へと向かった。そっち側は広い草原があって、その更に先に、もっと広い森が広がっている。俺たちが踏み込んだのは、森の中でもほんの浅い部分でしかないそうだ。

 で、今日向かうのは、街の北側。意図的に痩せた土地になっている東側に比べると、西や北は緑豊かで肥えた土地になっているとのこと。

 実際、街から出てみると、東側よりも緑が生き生きとしている感じがあった。風が運んでくる香りにも違いがある。東の方のは特に匂いもなく、ただ乾いて冷たいばかりだったけど……こっちの方は、きちんと草木の香りがある。


 どうも、魔獣が湧き出す《裂け目》は、街の東側に集中しているらしい。それで、東の森や草原を防衛線として定め、《裂け目》がない西や北側を保全しているんだろう。

 街の北側は小動物の気配も多い。空を見れば鳥が列をなして飛んでいる。魔獣が出ないというのに加えて、緑の豊かさも住みやすさにつながっているんだろう。


 思い返すと、俺の故郷ファーランド島では――この港町アゼット近辺みたいな、「区分け」みたいなものはなかった。魔獣が出るところだろうが、お構いなしに植物が生えまくって、動物も普通に棲息していた。

 で、魔獣はおおむね俺たち島民の手で狩るんだけど、中には魔獣を狩っちまうような動物も。

 今にして思えば、島民だけじゃなくって動物たちも、みんなたくましかったんだなぁ……としみじみする。


 やっぱり、場所が変われば色々と違うもんだ。


 故郷とは違うところもあるけど、それでも自然の色濃い北側の方が、俺には馴染み深いものに感じられる。新鮮さと懐かしさの両方がある、少し奇妙だけど悪くはない感覚の中、俺は緑豊かな街道を進んでいった。

 目指すは、街の北にある小山だ。


 街から少し歩いたところにあるその小山は、もっと奥に連なる山の、ちょっとした子分みたいな感じだ。

 昨日の森と比べると、こちらの山には明らかに木が多く、びっしり生えている。赤や黄で色鮮やかに彩る山の装いは、「枯れ」なんて言葉の響きには程遠いくらいだ。

 これぐらいの山であれば、登る人も多いらしい。山へ近づくと、周辺の町村からやってきたらしい人の姿が、街道上に少しずつ増えてきた。老若男女さまざまだ。

 中には空っぽのカゴを背負う人もそれなりにいて、きっと仕事場でもあるんだろう。


 そうした、ちょっとした人の列に混ざりながら、俺は街道を進んでいった。

 街道からは直接、登山道が繋がっているようだ。この山に用がある人々の多くが、そちらの道へと足を進めていく。

 一方、俺は山の上には用がない。道から外れ、山間の方へ。


 人の流れから外れて少し歩くと、お目当てのものがあった。木々がまばらな間を通るせせらぎと、その脇を固める砂利と小岩の岸辺だ。

 川に目を向けてみると、川底がハッキリ見えるくらいに水が透き通っている。このまま飲んでも、たぶん――

 とは思ったものの、さすがに知らない土地でやるのも……と思い直した。

 こういうところでヘタこいたら、帰った時にみんなに笑われるだろうし。


 まずは枯れ木の中へと足を向け、枯れ枝と葉を拾っていく。ある程度集めたところで川べりに固めて置き、適当な枝を細かく割いて火口ほくちに。できあがったら、火打ち石で火をおこす。

 うまく火口に火がついたところで、俺は焚き付けに火口を置いて息を吹きかけた。小さな種火が、俺の息に合わせて拍動し、少しずつ火が大きくなっていく。


 火が安定したのを見届け、俺は適当な岩に腰を落ち着けて伸びをした。

 こういう火起こしは、魔道具でもできるらしい。街に戻れば、そういう商品があるだろう。

 火打ち石だと面倒だし、いっそのこと買っちゃおうか。


 と、先のことはさておいて、俺は肩掛けカバンを開けた。中から金属のパーツを取り出し、組み立てた三脚を小さな焚き火の上に。

 次いで、これまた金属製のコップを取り出した。清流の水をすくってから、それを三脚の上に。コップを取る時困らないように、燃料の枝を動かして、火加減を調整しておく。


 こうして水の沸騰を待つだけになり、俺は買ってきたオレンジのひとつに手を伸ばした。

 ずんぐりした皮に爪を立てると、ほのかに酸味のある香りが沸き立つ。爪をさらに押し込んで皮を切り進め、指を皮と実の間へ滑り込ませ、剥いていく。

 まずは一つ目。俺は目を閉じ、口を開いた。口へ手が近づくと、爽やかな香気が迫ってきて――


 実にかぶりつくと、すっきりした酸味が口内に押し寄せてきた。同時にまぶたの裏には、色鮮やかな星座らしきものが映し出される。

 ただ、この星座の観察ももちろん目的ではあるけど、ひとまずは味わっておこう。瑞々みずみずしい果肉と、そうおいしいわけでもない薄皮を噛み締める。

 一口目が片付いたところで、もう一口。再び現れる星座に意識を向け……


 一度目を開けた俺は、左手のオレンジはそのままに、カバンからスケッチブックとペンを取り出した。目を閉じたり開いたりしながら、目に浮かぶ星座を書き写していく。

 未だに、これら星座的なものが何を示しているのか、正確なところはわからない。

 でも、なにか意味はあるんだろうとは思う。それを知る日が来るまで、目にするものを書き留めておく意味は、きっとあるはず。


 とりあえず、現時点でもわかっていることはある。植物として似通った性質があると、見えてくる星座の組み合わせも、似てくる傾向にあるようだ。

 だから……星座だけを見て、それが野草なのか果物なのか、判別する程度のことは今の段階でも余裕でできる。


 見えてくる星座の構成や組み合わせを書き留めた俺は、残ったオレンジを堪能していった。

 【植物のことがよくわかる能力】のためにやってることだけど、食べるのが果物だと、割りとご褒美感はある。

 というか、オレンジがいくつもあって、全部独り占めできるっていうんだから……なんとまぁ、ゼータクな話だ。


 ひとつ目のオレンジが片付いて少しすると、コップに汲んだ水が湧いたようだ。一度、火から外して少し冷ましておく。

 試しに目を閉じてみるけど、やっぱりさっきのオレンジの分が多少は残っているらしい。ごくわずかにではあるけど、星座らしきものがチラつている。

 次のを試す前に、口の中をキレイにしておかないと。


 いくらか冷ました白湯さゆを口に含み、目を閉じて少しずつ喉を通していく。徐々に目に映る星座も消えていって……

 口の中もまぶたの裏もサッパリしたところで、俺は次のオレンジに手を伸ばした。

 すると、山から降りてきた風が、川べりを駆け抜けていった。木々の枝葉が揺れて、さざめいている。

 そんな中、焚き火の温かさがジワっと体に染みる。


 こうした味比べも、俺にとっては一種のトレーニングというか、実験や検証みたいなもんだろうけど……

 いい休日の過ごし方ではあるなぁ。

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