第21話 都会は違う
冒険者になった翌朝、俺は宿を出た。いつもと比べると少し遅めの時間帯だ。それでも朝には違いないけど、やっぱり故郷よりもずっと多くの人が道を行き交っている。
活気ある街並みの中、市場へ向かうらしい人の流れに乗って、俺は歩を進めていった。歩きながら、今後について考えを巡らせていく。
昨日の仕事の後、夕食の席で色々と相談に乗ってもらった。どうやら、俺が泊まっている宿の宿泊費程度であれば、そうガツガツ働かなくても賄えるらしい。
つまり、これ以上何か入用になったとしても、追加で頑張ればどうにかなるってことだ。
とりあえず、女将さんには数日分の宿泊費を支払ってある。寝るところには困らないし、よほどの無駄遣いをしない限り、食事も問題ないだろう。
そこで今日は、街の散策をしつつ、故郷を出た目的の一つに取り掛かることにした。俺が知らない植物を探し求めていく。
それも、野草やら野花じゃなくって、きちんと食える、値段のついてて出回ってるヤツを。
こういう港町でも、故郷みたいに市場は開かれている。
しかし、規模はまるで違う。店の数も人の数も違う。
そしてなにより、店の種類。見たこともない品々を扱う出店が何軒も。さすがに目移りして、市場の中で何度も立ち止まってしまう。
ただ、買うべきものはあらかた決まっていて、財布のひもが緩むことはない。
まずは八百屋だ。
しかし、ドキドキしながら見てみるけど、こちらの市場でも野菜はそれぞれ一種類の取り扱いらしい。イモはイモ、タマネギはタマネギ、ニンジンはニンジン。品種がどうこうって感じじゃない。
幸先が悪い結果に終わったけど、実際はそういうものかもしれない。
よほどのこだわりがなければ、野菜に品種があったとしても、味やらなんやらの違いにそこまで意識を傾けるもんだろうか?
少なくとも、今までの俺は意識してなかったし、何なら母さんもそうだったはずだ。他の家庭だって、きっとそうだろう。
でも、野菜と果物は、きっと扱いが違うんじゃないか。
野菜は何というか……俺は好きだけど、そうでもない人にとっては、仕方なしに食べるものって感じじゃないかと思う。
一方で果物は、食卓でももっと特別な存在だ。シメのデザートで、果物単品で食べたりするぐらいだ。
ということは――単体で皿の主役になれるぐらいなら、大勢からそれぐらいの扱いを受けているのなら、もっといい味を求めて品種にこだわっても自然じゃないか?
そういった見当をつけて市場を回ってみるけど、果物も野菜とそうは変わらなかった。リンゴはリンゴ、オレンジはオレンジ、イチゴはイチゴ……
当てが外れたかなぁ?
ひとまず市場の人混みから出て、俺は考えを巡らせた。
市場を見た限りでは、野菜や果物について俺が求めるような多品種の扱いがないわけだけど……
この港町全体でも取り扱いがないと考えるのは、早計だろう。
少なくとも、この街から仕入れたリンゴが俺たちの島へと届いている。島で採れるのとは、別の品種のリンゴが。
この市場に出回っていないとしても、どこかにはあるはず。
朝っぱらから人々行き交う、活気に満ちた市場へ、俺は今一度視線を向けてみた。一つ一つの店は、限られたスペースを有効活用するべく、品々がギッシリと密になっている。
こういう市場で店としての広さに制限があると、例えばリンゴという一種類の果物で、何品種も扱うような贅沢はできないのかも。
ついつい、人の流れに呑まれて朝市へ向かってしまったけど、目をつけるべきは固定的な建物を持つ店の方だったかもしれない。
気を取り直し、俺は商店街を巡った。
たぶん、港に近い店の方が、何品種も仕入れられるんじゃないか。そういった当たりをつけて店を探し……
港近くで見つけた、ややお高そうな店の前で、俺は立ち止まった。
店内は、全体的に薄暗くて、少しひんやりとしていた。黒に近い色合いの木材に、天井からの照明は、ほんのりとした橙色。
朝っぱらからなんとも雰囲気のある店で、朝日が照らし出す店の外が明るく見える。
でも、鮮やかな輝きで言えば、店の商品だって負けていない。
慎ましい照明が照らす下では、瑞々しく鮮烈な色合いの果物が、ぎゅうぎゅう詰めにならない程度に整然と、白く艶やかな箱の中で並んでいる。
箱の底面からは、白く冷たい煙みたいなものが漂っている。箱の外へ漏れ出し、壁伝いに流れるかすかな煙に触れると、外気よりも冷たかった。
たぶん、冷やして保存するための魔道具かなんかだろう。超使いやすい
俺が見たことないだけで、島の店でも、バックヤードではこういう魔道具を使っていたのかも……
と、ちょっと関係ないところに気が散ってしまった。改めて、本来の目的に気を向けていく。
今回はアテが当たっていた。
一見すると似たような果物でも、よくよく見ると、育ち具合の差とは言い切れない違いが見受けられて……値札にそれぞれ、違う名前と値段。
同じリンゴやイチゴ、オレンジにブドウでも、それぞれの中にいくつもの品種があって、それぞれに名前がついている。
実のところ、こういうのを求めて期待しながら店へと入ったわけだけども……
その期待どおりを実際に目にすると、世の中にはこんな店もあるのかと、思わず打ち震えるものを感じてしまう。
そんな俺に、店の奥から「いらっしゃいませ」と声がかかってきた。温和な感じの、老紳士然とした方だ。店主さんだろうか?
色々と聞いてみたいことはあったけど、さすがに買ってからの方がいいかな。
とりあえず、買い物かごを掴んだ俺は、目につくオレンジをそれぞれの品種で1個ずつカゴに入れ……はたと気づいた。
コレ、見分けつけにくくなって悪いんじゃなかろうか。
とはいえ、それは素人考えの、余計な取り越し苦労というものだった。
カウンターへ持っていくと、店主さんが商品に対して一個一個、苦も無く品名を口にしていく。
「さすがに、プロだとこういうのがすぐわかるんですね」
思わず口から出た感嘆の言葉に、店主さんは真顔になった後、優しい感じの微笑を浮かべた。
「それはもう。自分で選んで買い付けたものも多いですからね」
なんでも、このお店は先祖代々から受け継いできた老舗で、お子さんもお孫さんも同じ道を進んでいるのだとか。
「息子夫婦が、孫を連れて買い付けに行くことが増えましてね。先代のじいやが、こうして留守番しているというわけでござい」
「なるほど~」
会計の後、にこりと笑って「食べ比べですか?」と尋ねてくる店主さんに、俺はうなずいて返した。
「ちょっとこう……料理に興味がありまして。差し支えなければ教えていただきたいんですけど、野菜とかでも、何品種も取り扱う店ってありますか?」
「野菜、ですか」
相談に乗ってくれるようで、店主さんは顎に手を当てて首を傾げた。
「野菜は専門外ですが、品種を意識している店は少ないですね。より大きな町ともなれば、また事情は違うのでしょうが」
「そうですか」
「……ああ、イモは何種類も見たことがありますね。ウチでも、料理によって使い分けますし」
「本当ですか!?」
俺んちは、イモはイモで一種類だったけど……やっぱり、都会は違うなぁ。
その後、店主さんはご親切にも、イモの取り扱い豊富な八百屋について教えてくださった。商売仲間でもあるらしい。
実り多い時間を過ごせた俺は、店主さんに頭を下げて店を出た。
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