第20話 指導の内情

 案内された部屋は、テーブルにイスが4つ、他には特に何もない。実に小ざっぱりとした部屋だ。こういう部屋が、他にいくつもあるのだとか。


「ここで報告書を仕上げるんだ。急ぎのものでなければ、持ち帰りの宿題でもいいけどね」


 とはいえ、多くの冒険者はこういった部屋で、第一報を仕上げるらしい。

 仕事が終われば、どうせギルドへ帰って、その日の戦果を受付で提示することになる。だったら、その流れでさっさと……というわけだ。

 よほど入り組んだ依頼だと、第一報という簡易な報告書では終わらず、また後ほど正式な報告書を提出する必要があるらしい。

 では、今回の仕事はというと……俺が関わらなかったとしても、きちんとした報告書を提出するべき案件ではあったとのこと。


「あの二人への指導という面もあってね。人事考課に関わる以上、いつもみたいな簡単な報告書というわけにもいかないんだ。その上、僕の判断で君まで巻き込んで、こうなっちゃってるわけだけども」


 困ったような苦笑いを浮かべ、小さく頭を下げてくるハーシェルさんに、俺は少し表情を崩して応じた。


 いくら俺が同業者とはいえ、見学という名目で連れ出した以上、戦闘に関わらせるのは……決して、あってはならない事ではないけど、その旨を報告する義務は生じるとのこと。

 というのも、この辺の判断がまあまあなあなあになると、ギルド所属員以外に助力を求めることが常態化しかねない。

 たとえば、救護・救援対象だとか、隊商の護衛なんかで雇い主にも戦ってもらうようなケース。

 元からそういった可能性もあり得ると、依頼書に明記しておいたとしても、依頼主の手を煩わせるのが当たり前になっては、客商売としての信用が損なわれてしまう。


 そこで、ギルドからの報酬を受給する者以外が戦闘行為に関わった場合、先方と当事者の報告を照らし合わせ、依頼主への請求額を割り引く慣例があるそうだ。

 現場の冒険者にしてみれば、稼ぎは減るわ、報告が面倒になるわで、できる限りそういう事態は避けたい。だから、他人を巻き込まず、自分たちで完結できるように心がけるようになる。

 逆に言うと、みんながそういったところできちんとするからこそ、本当にどうしようもなくなって客の手を借りたとしても、「やむにやまれない事態」だとして信頼関係を損なわずに済んでいるのだとか。


 ただ、今回の仕事に関して言えば、あえて俺に手伝ってもらう意図もあったのだとか。

「言い訳っぽいけどね」と苦笑いで前置きし、ハーシェルさんがそのあたりの事情について語っていく。


 まず、俺がどれだけできるのか、先輩格三人がいる状態で見てみたかったというのがひとつ。

 よそからやってきた新人が、実は《選徒の儀》経験済みの使徒で、しかし神さまは誰も知らない――

 となると、指導役の制御下にある戦場で、実力を見てみるのが手っ取り早いというわけだ。

 それからもうひとつ。


「あの二人の指導のためでね。付き合ってもらって、本当に申し訳なく思うんだけど」


「先輩たちへの指導に、俺が役立ったんですか?」


 いまいちピンとこない俺に、ハ一シェルさんがうなずいた。


「あの二人は……あれで結構、下への面倒見がよくてね。上の人間にも、程よくナマイキだけど、かなり素直でもあって」


「確かに、そんな感じでした」


「一個人としての戦闘力も、ウチのギルドでは中堅クラスだし、いずれは自分でパーティーを率いる人材になると思ってる。だから、今からそれとなく鍛えてるんだけど」


 仕事中は、どことなくイジワルっぽいところを見せもしたハーシェルさんだけど、今はこの場にいないあの二人に対して、本当に気を配っているのがわかる。

 なんだかんだで、あの二人みたいに、ハーシェルさんも直接的には素直になれない感じにも見える。

――なんていうのは、新人が口にすることじゃないよなぁ。ナマイキ過ぎるっていうか。

 俺はただ穏やかにニコニコしながら、次の言葉を待った。


「二人ともいい子たちだけど、欠点もあってね。実力がメンタルに左右されやすいし、自力で気持ちを立て直せるほどの、確固たる芯とか経験がまだまだないんだ。昔の僕に比べれば、それでもずっとしっかりしてるけどね」


 と、苦笑いするハーシェルさん。

 実際、《騎猪キノシシ》との初戦ではそんな感じだった。本来の実力を発揮できず、ヤキモキして焦ってしまって……みたいな。

 それでも、ケガを負わずに済ませていたあたりが、「しっかりしてる」ってところなんだろう。


「危なくない範囲でピンチを演出してやるのも、指導員の仕事でね。そういう経験を通じて、自分の欠点の気づいてもらうんだ。そこで、君に声をかけた訳なんだけど」


「……俺が混ざったことで、二人の動きがいつもよりも悪くなった。でも、それは織り込み済みで……ってことですか?」


 ここまでの話をつなぎ合わせて問うと、ハーシェルさんは真剣な顔で「鋭いね」とうなずいた。


「あえて、失礼な表現を用いるけど……辺境からやってきた年下の子で、《選徒の儀》を受けた使徒ではあるんだけど、神さまは知られていないお方。そんな新人がいきなり混ざってきて、二人とも困惑したと思う」


 俺自身、冒険者としての自分が、この業界内でどれほどの位置づけになるか、まったくわからない。初仕事を終えた今でも判然としていないくらいだ。

 でも、それは先輩たちから見ても同じだったってことか。


「冒険者の誰もが使徒や、その先の勇者を目指すわけじゃない。でも、一目置かれる存在ではある。あの二人も、最初は君の方が強いかも……ぐらいには思っていたんじゃないかな」


「それで……不必要に力んじゃったとか、そんな感じですか?」


「あの二人、意地っ張りで見栄っ張りだからね、割と。アレンは表に出なくて、エルザはわかりやすいって違いはあるけども」


 なるほど。初戦の裏側では、そういう内実が……

 あくまで、これらはハーシェルさんの見立てであって、あの二人がそう認めたわけではないんだけど、説得力があった。

 じゃあ、二戦目以降の動きがいきなりよくなったのはどうしてだろう?

 尋ねてみると、ハーシェルさんは「たぶんね」と話し始めた。


「君の方が強いと認めて、序列がハッキリしたからじゃないかな。どっちの方が上かなんて余計なことで悩む必要はないし、手助けしてくれた君に対して、カッコつけるのもバカバカしい。それで、いつも通りの動きをできるようになった……ってところかな」


「別に、ナマイキな新人とか、そう思われてるってわけじゃないんですね」


「まさか!」


 ちょっとした心配を口にする俺に、ハーシェルさんがにこやかに笑った。


「歴が長いからって、それで勝手に強くなれるわけじゃない。新人でものすごく腕が立つのもいる。あの二人も、そういうタイプだったしね。ただ……なんていうのかな」


 口を閉ざし、ハーシェルさんは考え込む様子を見せた。何か、言葉を探しているような。ややあって、真面目な口調で話が続いていった。


「この仕事って、ひとりでどうこうできるものでもなくてね。結局のところ、仲間とうまくやっていける奴が一番強い。それに、人の長所を認められる奴、自分の至らないところを認められる奴の方が、上達も早いしね。みんな、そういうことはわかってるんだよ」


「じゃあ……新人だからって、変に遠慮しない方がいいですか?」


「そう思うよ。みんな、君の実力は素直に認めるんじゃないかな。きっと、いい刺激になるだろうし……参考にならないところも多そうだけどね!」


 そう言って楽しそうに笑うハーシェルさんに釣られ、俺も一緒になって笑った。


 報告書の作成については、思っていたほどの時間はかからなかった。戦闘に巻き込んだのが見学目的の新人とはいえ、結局は身内の同業者ということもあって、そう大きな問題になるわけでもない。

 報告書はあくまで形式的なものであって、むしろ取り分の変化の方が、冒険者的には重大事とのことだ。

 その辺は、同行したみなさんも納得済みだから、大した問題にはならないんだけど。


 報告書の作成を終えて受付へ戻ると、テーブルの一つに先輩二人と、仕事あがりらしいメリルさんが待っていた。

「三人とも、どうしたの?」と尋ねるハーシェルさんに、エルザが白けた感アリアリの細い目を向けてくる。


「いや、夕食誘ったでしょ……」


 言われて思い出したらしく、「いや~、ははは」と笑ってごまかすハーシェルさん。

 今日一日、この大先輩の手の上で、三人とも転がされてたわけなんだけど……意外と抜けているというか。

 そんなハーシェルさんをよそに、ツンと澄ましたエルザがメリルさんに顔を向けた。


「もう、ほっといて行きましょうか」


「ええっと……それもアリですね」


「んじゃ、ハル。行きましょ?」


 ハーシェルさんを無視して行っちまおうって流れらしい。アレンは何も言わず、状況を静観する構えで……ちゃっかり、一番安全なポジションにいるっぽいな。

「じゃ、行こうか」と二人のノリに乗っかると、後ろから「ええ~」と心底残念そうな声が。

 このやり取りを聞いていたらしい周囲からは、含み笑いの声が聞こえてくる。


 最初は身構えてた部分もあったけど、こちらで冒険者としてやっていけそうな雰囲気だ。人知れず、俺はホッと安堵を覚えた。

 となると、他に意識を向けるべきは――

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