第19話 初仕事を終えて

 俺が文字通り色々と体を張った後、改めて森の中を進んでいき、依頼通りに残る《騎猪キノシシ》たちを倒していく流れに。

「見学だっていうのに、悪かったね」と、ハーシェルさんが申し訳なさそうに笑う。

 この謝罪は、むしろ魔獣を倒した後に、体を触られたことを指してのものかもしれない。

 事実、エルザはそういう風に受け取ったようだ。


「ご、ごめんなさい。なんか、あの時はテンションが上がっちゃってたかも……」


「そうだな。初仕事……いや、見学だっていうのに、変なことになって悪かったよ」


 と、先輩二人が謝ってくる。

 でも、あれのおかげで、うまく打ち解けることができたとも思う。

 とはいっても、そういうことをいちいち口にするのも、ちょっとなあ~と思うけども。


「帰ったら、何かおごってもらいたいっスね、先輩」とニヤニヤしながら応じると、前をいく二人は「もちろん」と笑顔で快諾してくれた。

 冗談のつもりだったけど……言ってみるもんだ。


 さて、1回目の遭遇では俺が助っ人として手を出す格好になった。

 でも、これからは別に大丈夫というのがハーシェルさんの考えだ。

「あくまで、新人教育のためについてきてもらってるわけだしね」と言った後、先行する二人にニヤリと笑いながら声をかけていく。


「二人とも~、そろそろ先輩っぽいところを見せないと、帰ってから気まずいぞ~?」


 指導役からの挑発じみた言葉は、きっとよくある発破のかけ方なんだろう。これを変なプレッシャーと捉えるでもなく、先輩二人はむしろいい感じに意気を上げたように見える。

「さっきのは調子が悪かっただけです」とアレン。エルザも「そうそう!」と、自信ありげに微笑んで見せる。

 なんというか……この森へ入った時点と比べ、二人ともずっとリラックスできている感じだ。


 実際、2戦目以降に出会った《騎猪》相手に、俺やハーシェルさんが出る幕はなかった。

 二人とも初戦から、敵の攻撃を避ける分には何の問題もなかった。

 大きく変わったのは攻撃面だ。敵の攻撃を余裕を持っていなし、その隙を突く反撃が冴え渡っていた。


 長剣を操るアレンは、《騎猪》の全身を覆う硬く密な剛毛に対し、毛の流れにうまく刃を差し込ませて肉を斬り裂いていく。

 密集する毛の鎧に刃を滑り込ませるだけの、確かな技量と瞬発的な腕力、そして突進に怯えないだけの胆力と集中力がなければできないことだ。


 弓を操るエルザもまた、敵の突進を軽やかに避けるや否や、狙い澄ました矢で攻め立てていく。

 初戦では胴体に弾かれていた彼女の矢だけど、2戦目からはより狙いが精密になったようだ。毛が薄い部位、脚の付け根や目の辺りへ、吸い込まれるように矢が飛んで突き刺さる。

 そうやって一撃食らわせると、突進のバランスを崩して《騎猪》が地面を転がることもしばしば。そうして、毛の覆いが薄い腹側をさらけ出せば、さらに追い打ちの矢を放つ……という、実に慣れた手並みで獲物を片付けていく。

 これが二人の本調子なんだろう。


 本来の仕事の流れを取り戻したという感じがある中、見学に来ている俺にも、新米冒険者としての学びがあった。

 魔獣を倒したとき、その体を構成する《源素プリマス》が、討伐者の体内へと流れ込んでいく。

 この《源素》について、冒険者稼業では仕事の稼ぎに直接関わってくる。


「冒険者登録した時、透明な板に触ったでしょ? 仕事終わりにもアレに触るの。そうすれば、流れ込んできた《源素》から、その日の成果を遡って確認できるから」


「へえ~! なるほど」


 なんでも、体内に取り込まれてからすぐの鮮度が高い《源素》は、どの魔獣由来のものかまで識別できるんだとか。

 それと依頼指示書に実際の報告を照らし合わせることで、正確かつ正当な報酬を支払う仕組みができているという話だ。


「それにしても……本当に、こういう仕事は初めてなのね」


 仕事の話に関心を寄せていると、エルザが心底不思議そうに、俺の顔をマジマジと見つめてくる。

 続いて、「故郷には冒険者ギルドや、似たようなものがなかったのか?」とアレンが問いかけてきた。


「特になかったよ。魔獣を倒しても金にはならなかったけど、街のためには必要なことだからさ。それが当たり前だと思ってた」


「そうか……場所が違えば、色々と違うもんだな」


「そうそう! こっち来てから、色々と驚かされっぱなしでさぁ」


 故郷を離れた身として、素直な感想を口にすると、エルザが苦笑いで割り込んでくる。


「それはこっちのセリフだってば」


 確かにそれもそうだと、みんなで笑った。



 依頼指示書通り、森の各所で魔獣の小規模な群れを片付けていき……

 仕事が終わって、俺たちは森の外へ出た。


 もう日が傾いてきている。緑がやや褪せている丈の低い草っぱら、まばらに立つ痩せた木々へ差す茜の色が、まだまだ明るくはあるのだけど、どこか物寂しい。

 故郷ではあまり見られない風景だ。


 一方、しんみりした周囲の様子とは裏腹に、帰路につく俺たちの足取りは軽やか。結局、誰も負傷することはなかった。

 とはいえ、これは当たり前ではある。


「もともと三人で終わらせるつもりの仕事だったからね。一人負傷すれば、一気に傾きかねない」


「逆に言えば、ケガしないのが当たり前になってるからこそ、少人数での行動が許されてるってわけ」


 言葉を継いだエルザが、「ふふん」と少し誇らしげに胸を張る。


「もっとも、ハルには助けられちゃったけどね」


「そうだな」


「いや、助けっていっても、ほんのちょっとだったしさ」


 実際、二人が片付けた敵の量に比べれば、俺のは本当にちょっとしたお手伝いみたいなものだ。そこまで感謝されるものでも……

 とは思うけど、二人の感じ方は違うらしい。にこやかな笑みで俺への感謝を表明してくる。

 これに強く謙遜するのもなんだか悪い気がして、俺もただ二人に笑みで応じた。

 それから、エルザがニコニコしながら口を開く。


「助けてくれたのがハーシェルさんだったら、きっとチクチクいじめてくるし……ハルで良かったよ」


「お? 聞き捨てならないね。僕ァ、指導役だぞ、一応」


「自分で『一応』とか言ってるじゃないですか」


 あえて用意したっぽいツッコミどころを、やや呆れ顔のアレンに拾われ、ハーシェルさんが「ははは」と朗らかに笑う。

 冒険者稼業がどうなるものか、最初は不安に思わないでもなかったけど……これならどうにかなりそうかな。


 みんなで談笑しながら夕方の港町へ足を踏み入れると、こんな時間でも、故郷とは比べ物にならないくらい人が出歩いていた。たったそれだけのことで、ついつい圧倒されてしまう。

 俺の故郷じゃ、日が沈んできたら、よほどのことがない限りは家に帰るのが普通だけど。

 どうやら、こちらみたいな都会では、この時間から外出するような用事が普通にあるらしい。

 しばし、人の流れに気を呑まれる俺に、先輩二人が優しい笑みを向けてくる。


「そっか。ハルって……長閑のどかなところからやってきた感じだったっけ?」


 たぶん、田舎とかそういう表現は避けてくれたんだろう。

 自分自身としては、まぎれもない田舎もんだとは思うけど。


「故郷が田舎だからさ、こういう街には圧倒されるね」


 都会に対する正直な感想を口にすると、ハーシェルさんが「世の中には、もっと広い都会があるよ」と声をかけてきた。

 実際、世界地図でもそういう大都会ってやつがあるのは知っている。

 でも、今の俺には想像もつかない。「世界って広いな~」とポツリ、感慨を込めてつぶやくと……

 先輩二人は顔を見合わせ、含み笑いを漏らした。


「そうね、ええ。ホント」


「まったくだよ」



 冒険者ギルドへと戻ると、中にはまだまだ結構な人がいた。

――っていうか、来た時より多いんじゃないかって感じだ。


 実際、人が多く集まる時間帯は、朝っぱらか夕方らしい。

 朝は、目新しい依頼や情報を確認するため、掲示板の張り出しを見に来る人が多くなるとのことだ。いい仕事が出ていれば、早めに手やツバをつけておくためでもある。

 では夕方はというと、一仕事終えた面々が集まって語らったり、夕食や飲みへの待ち合わせにしたり。夜警任務の前に、仲間と語らう人も多いのだとか。


 で……さすがに、昼にやってきたばかりの俺の事が、独り歩きしているわけではないようだ。俺へと特に視線が集まるということはない。

 代わりに、注目の的になったのはアレンとエルザだった。

「よう、大将!」「調子良さそうだな?」と、この二人よりもさらにべテランっぽい人たちから親しげな声がかかる。なんというか、可愛がられている様子だ。

 ハーシェルさんも、そういったひとりなんだろうけど。

 それで、この先輩お二人について歩く、どうも新人らしき人物――ということで、俺に興味ありげな視線が、チラチラと。

 こちらから意識しすぎると、かえって変かな、程度の感じだ。


 四人で受付につくと、昼に応対してくれたメリルさんがまだいた。朝から晩までのシフトで、もうじき帰るところらしい。

「よければ、夕食でもどうかな?」と声をかけるハーシェルさんに、「ナンパですか?」とそっけないメリルさん。


「いやいや。ウチらみんなで、さ」


「わかってますってば」


 ニコリと応じる、どうも食えない感じのメリルさん。

 彼女が年長者を軽くあしらったところで、さっそく仕事の報告だ。


「新人教育ということで、見学してもらってたけど」


「はい」


「ゴメン、二体ほどやってもらっちゃった」


 申し訳なさそうに少し背を曲げ、後頭部を掻くハーシェルさん。メリルさんは少し驚いた様子だけど、落ち着きを保ってもいる。


「ハルさん、お手をこちらに」


「はい」


 促されるままに、俺は例のガラス板へと手を伸ばしていき――

「ところで、コレってなんていうんですか?」と尋ねると、メリルさんは微笑を浮かべて「《顕証の透板》と言います」と教えてくれた。

 またひとつ学びを得たところで、改めて板に手をかざすと、板の上で魔力の光が踊り始めた。ほのかに光る粒子が整列し、いくつかの文字とおぼろげな絵が現れていく。

 どうやら、《騎猪》を示すものらしい。板に現れたものを確認し、メリルさんがうなずいた。


「ありがとうございました。確かに、《騎猪》二体の討伐、確認できました……ハーシェルさんの現場判断での加勢ということで、よろしいですか?」


「もちろん」


 穏やかで砕けた感じを抑え、ハーシェルさんが少し真剣味を帯びた態度でうなずいた。

 どうも、俺に手伝わせたことで、ちょっと面倒なことになってる流れのようだ。俺が悪いというわけではなくて、ハーシェルさんに責任があるということらしいけど。

「お手数ですが、第一報の作成に協力してもらえませんか?」と、メリルさんが頭を下げてくる。

 こういうことを覚えるのも、新人の役目だとは思うし、いい機会なのかもしれない。「もちろん、いいですよ」と快諾すると、ハーシェルさんには「初日から申し訳ないね」と謝られた。

 そうして、俺たちは別の職員さんの案内で、ギルドの奥の部屋へと通された。

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