第18話 お近づきのきっかけは

 森の中には、まだまだ《騎猪キノシシ》が何体もうろついているはずで、それらをとっちめていくのが今日の仕事だ。

 たかだか2体倒したところで、まだまだ……というところだけど、とりあえずの一段落ではある。


 最初の戦闘を終えて少しすると、宙で見守っていた三人の泡が割れた。特にバランスを崩すこともなく、三人がスッと地面に降り立つ。

 しかし、このお三方からは、何やら、こう……信じられないものを見たという目を向けられている。今まで一番落ち着いていて、場の流れを左右していたハーシェルさんも、少なからず驚いた様子だ。

 そんな中、最初に口を開いたのはエルザだった。


「ねえ、あなたって……どんな体してんの?」


「へ?」


「だって、逆さに木登りしたり、立ってる木にまたがって弓ったり……そんな人、他にいる?」


 何か訴えるような感じすらある彼女が、残る二人に同意を求めて振り向いた。

 彼女と行動することが多そうなアレンはもちろんとして、ハーシェルさんも、俺の手口みたいなのは初めて見たという。

「参考にならないって言ってた意味がよくわかったよ」と苦笑いしている。

「でもまぁ、良いものは見たかな」とも。


 それから少しすると、驚きや戸惑いが落ち着いてきたらしいエルザが、どことなく殊勝な感じで頼み込んできた。


「ちょっと、あなたの弓、貸してもらえない?」


「弓? あ~……たぶん、ちょっと重いよ」


 弓使い等の業界人相手に「弓の重さ」なんて表現する場合、これは弓の重量じゃなくて弦の硬さを指す。

 翼竜ワイバーン殺しで用いた時の奴を、俺は日常的にも使っている。確か、島内でも一番重い弓なんじゃないかな。

 もちろん、獲物や仕事場次第で使い分けることもあるけど、これが一番手に馴染む愛用の品でもある。


 この相棒を手渡すと、エルザが少し興奮した様子で構えを取ろうとし――

 弦を引き始めるけど、ほとんど引き切れずに体が震え始める。ややあって、顔を赤くした彼女は、引こうとした弦を戻してから、息を整え始めた。


「硬っっったぁ! ナニコレ!?」


 彼女が少し興奮気味に笑いながら声を上げる。弦を引いてる時に言わないあたり、しっかりと教育されてる弓使いだ。


「女の子の腕だと、さすがにキツいんじゃないかな」


「そ、そういう問題? 男でも無理だって!」


 エルザと言葉を交わしていると、今度は男性陣が興味を示し始めた。

「僕は細腕だからねえ」とハーシェルさんが賢明にも遠慮し、今度はアレンが試してみる流れに。

「弓の扱いは?」と尋ねると、彼はこれまでよりもずっと打ち解けた感じで言葉を返してくれた。


「多少の覚えはある。ちょっとした獣相手なら、狩りでも使えるぐらいだな」


「ま、私の方がうまいけど……」


 口を挟んだエルザが、俺の顔を見てから少し恥ずかしそうに微笑を浮かべた。

 それから、三人の視線を受ける中、アレンが弓を引いてみるも……エルザよりは引けているけど、やっぱり引き切れない。

 構えもフラついて、どうにも力任せといったところだ。


 彼は弓を戻してから、真っ赤になった――それでも、どことなく楽しそうに綻んだ顔を俺に向けてきた。


「じょ、冗談だろ……? こんな弓を……木に跨がったまま、使ってたってことだよな?」


 すると、ややためらう様子を見せた後、エルザが手を合わせて再び頼み込んできた。


「ねぇ、今度はあなたが弓を引いてみてくれない?」


「いいよ」


「できれば、上着を脱いでほしいんだけど」


 さすがに、女の子にいきなりこんなことを言われてドキッとしてしまうけど……当人は至って真面目だ。弓使いとして熱心なだけだろう。

 アレンに目を向けても、「俺からも頼む」と真面目な顔で言われた。

 なんだか、変なことを考えそうになった俺の方が、ちょっと失礼なアホなんじゃないかって気がしてくるぞ。

 そんな中、ハーシェルさんはというと……どことなく嬉しそうに微笑んで、静かにたたずんでいるだけだ。


 少しばかり恥ずかしくなりながらも、俺は上着を脱いだ。半そでシャツになったところで、弓をいつもの感覚で構えていく。

 引き切った後、目を白黒させる先輩二人。少し間を置いてから、エルザがかなり遠慮がちに話しかけてきた。


「少し触っていい?」


「は?」


「頼む」


 う~ん、弓引いてる時に触られるなんて初めてだ。

 でもまあ、素引きだから、そこまでは危なくはないか。

 この二人だって、素人じゃないんだから、無理はしないだろうし。


「一応、気を付けてね」と、ハーシェルさんからは、念のための声掛けが飛んできた。

 これを実質的なGoサインと捉えたようで、先輩二人が俺の背や肩に、そっと触れてきた。瞬間、体がビクッと震えてしまう。


「あっ、ごめん……」


「い、いや。ダイジョーブ、うん」


 秋口だからか、手で触れられると少し冷たく、それでビックリしてしまった。少しすると冷感にも慣れてきて、二人の手が遠慮を残しながらも、俺の体を這っていく。


「すっご……」


「何食ったらこうなるんだ?」


「そんなこと言われてもな~……変なものは」


 言いかけて、つい先ごろ口にしてきた変なモノを思い出した。野草やらなんやら。

 まぁ、今の話には関係ないし、言えば変に思われるだけと思って黙っておいたけど。


 それから、今度は「僕もいいかな?」とハーシェルさんまで。指導役としてか、はたまた個人的な関心なのか。

 いずれにせよ、俺は「どうぞ」と受け入れることにした。


 そうして、弓を引いている時の体を三人にペタペタ触られるという、傍目に見るときっと奇妙な体験をした後……俺はみんなから解放された。

 上着の袖に腕を通していくと、「変なこと頼んで、ごめんね」と提案者のエルザが謝ってくる。


「いや、別にいいよ」


「でも、無理させちゃったかな。結構、顔が赤くなってるし」


 実際、息を止めて力んでいたからという理由もなくはない。

 でも、人に体を触られている恥ずかしさの方が、きっと大きかったと思う。

 ただ、少しばかり恥ずかしい思いをした甲斐はあったかもしれない。今では二人から向けられる視線に、なんというか……認められている感があった。


 砕けた雰囲気に思わず表情が柔らかくなったところ、「ところで」と、エルザが思い出したように声をかけてきた。


「ハルの神さまって、リーネリアさまって言ったよね?」


「そうだけど、どうかした?」


「何の神さま? 弓の神? それとも、筋トレの神さまとか?」


 後者の方は、まず間違いなく冗談だろう。「まさか」とアレンも笑う。

 ただ……微妙な空気になるかもしれないと思いつつ、俺は正直に答えることにした。


「実はさ、俺もよくわかってなくて。たぶん、植物関係か何かの神さまだと思うんだけど」


「植物? そういうご加護なの?」


「え~っと……【植物のことがよくわかる能力】ってご加護を賜って」


 きっと、これは完全に予想外だったんだろう。エルザもアレンも真顔になった――ハーシェルさんだけは、穏やかで落ち着いたものだったけど。

 先輩二人が無言で顔を見合わせ……エルザが口を開く。


「……ってことは、さ。神さまとは無関係に、ハルってあれだけのことができるってわけ?」


「ん? 確かに、ああいうことは儀式の前からやってきたけど」


「そうか……使徒になるだけのことはあるってわけだな」


 と、神さまやご加護の事はさておいて、俺の事を認めてくれる方へと話題がシフトしたようだ。

 正直、助かった。知り合ったばかりだけど、仲良くなれそうなこの二人に、俺の神さまの事を悪く言われたり軽んじられたりするのは――

 やっぱり、なんとなくイヤかなと思う。

 とくに、これといったわかりやすいご利益にあずかっているわけじゃないけども。


 それでも、俺を見出してくださった神さまなわけだから。

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