第15話 異郷での初仕事

 受付での諸々を済ませ、俺はハーシェルさんに付いていった。

 ここまでのやり取りで周囲の注意を引いてしまったのは、間違いないらしい。やっぱりそれとなく視線を向けられているのを感じる。

 そして、それとなくどころか、マジマジと見つめてくる二人組が。俺と同世代で、短髪の青年と三つ編みの女の子だ。ハーシェルさんのとこのパーティーメンバーらしい。


「お待たせ。さっそくだけど、行こうか」


 出発を促すハーシェルさんだけど、強気な感じの女の子が「自己紹介は?」と、もっともな事を尋ねてくる。とはいえ、ハーシェルさんの方が年上というか目上だろうに、ややつっけんどんな口調ではあった。

 そんな態度に気を悪くした様子はなく、ハーシェルさんが答える。


「ここで始めると長くなりそうだしね。道すがらで」


「ふぅん。別にいいけど」


「アランも、それでいいかな?」


「構いませんけど」


 こちらのアランもやはり、少し無愛想な感じだ。

 ともあれ、二人ともスッと立ち上がり、近くの壁に立てかけていた得物に手を伸ばした。アランは両手で持つような長剣使い、女の子は弓使いのようだ。

 ハーシェルさんと比べると、俺はこの二人にはあまり歓迎されていない感じがある。かといって、こちらからアプローチするも、どうなんだろう?

 とりあえず様子見に回ったところ、ハーシェルさんが二人へ困ったような笑みを浮かべた。


「挨拶は後回しだけど、握手ぐらいはしておきなよ」


 この指導を受け、二人が「よろしく」「どうも」と手短に口にし、スッと手を差し出してきた。

 感じ悪い、というよりは単に淡白な感じだ。冒険者ってこういうものなんだろうか。

 それにしては、ハーシェルさんもメリルさんも、フレンドリーには感じるんだけど。

 ともあれ、俺は意識して表情柔らかに、二人の握手に応じた。


 そうして俺たち四人は、アゼットの冒険者ギルドを後にした。受付で注目を引いていたからか、やっぱり背に視線を向けられている気がする。

 ギルドを出ると、さすがに俺の方へと妙な視線を向けてこられることはないんだけど……終始無言でただ歩くだけというのも、ちょっと居心地が悪い。

 しばしの間、俺たちは言葉を交わすことなく、街を歩いて外へと向かった。目指すは東にある森だ。


 街を出て少しすると、ハーシェルさんが「じゃ、改めて自己紹介しようか」と俺たちに促してきた。とりあえず、お互いに名前を名乗っていく。

 すると、エルザと名乗った女の子が、俺を品定めするような視線を向けてきた。


「《選徒の儀》を受けたって聞こえてきたけど、本当?」


「そうだけど」


 イマイチ信用されていない様子だ。そこへ、ハーシェルさんの助けが入る。


「神の使徒は珍しいからね。君みたいな若年層は、特にだけど。僕もあんまりお目にかかったことはないな」


「そうなんですか」


「まぁ、神の《奥印インブランド》は偽証不可能と言われているし、疑おうなんて不心得者は、まずいないだろうけどね」


 と、何か含みありそうな視線をエルザたちに向けるハーシェルさん。

 とはいえ、幼なじみと一緒に5人で儀式を受けた――なんて口にしようものなら、絶対に嘘だと思われるだろうなぁ。

 しかし、余計なことは言わないようにしても、尋ねられる問いというものはある。

「神様は?」という端的な問いかけに、俺は少し迷ってから答えた。


「リーネリアさまだよ」


「……知らない神様だけど、ハーシェルさんは知ってる?」


「僕も、初めて耳にするね。そもそも、そんなに詳しい方でもないけど」


 どことなくフォローっぽい言葉の後、ハーシェルさんがアランに視線を向けるも、やっぱり知らない様子だ。アランが首を横に振る。

 それからも、エルザから質問が続く。


「このあたりの生まれじゃないでしょ?」


「そうだけど、どうして?」


「街中でキョロキョロしてたし。どこ出身?」


「ファーランド島」


 知らないんじゃないかと思いつつ答えると、会話が途切れた。たぶん、知らないっぽいな。

「知ってる?」とハーシェルさんに向き直るエルザに、少し間を置いて「名前はね」という返答。

 再び、エルザは俺に顔を向け、ジロジロと観察してきた。


「ハーシェルさん、ハルベールは見学なのよね?」


「そのつもりだけど、何か?」


「誘った理由は?」


 邪魔くさく思われている感じ――ではない。おそらく、単に知りたいだけ、気になっているだけ、ってところかな。

 ハーシェルさんも、この問いに気を悪くした様子はない。


「いやさ、僕って指導員だろ? この先ハル君の面倒を見ることになるかも……て思ったら、今回の仕事を同行してもらった方が、色々と手っ取り早いなぁって」


「……ふぅん。まぁいいけど」


 エルザからすれば、ハーシェルさんがちょっとした余分をいきなりしょいこんできた、って感覚なのかもしれない。話の流れから、彼が少し横着っぽいことをしているのがわかった。

 ちょうどいい仕事が中々なさそうだった俺としては、本当に助かっているんだけども。

 すると、これまで沈黙を保っていたアランが、ハーシェルさんに向かって口を開いた。


「ハーシェルさん。俺たちだけじゃ心もとないから、追加を……ってわけじゃないよな」


 真顔での問いかけに、ハーシェルさんも表情を引き締めた。


「まさか。そういうつもりはないよ。ただ……」


「ただ?」


「君ら、もう少し人付き合いを覚えた方が良いね。だろ? センパイ・・・・さん」


 どうやら、このパーティーではハーシェルさんが圧倒的に口が回るようだ。

「わかったから」と、苦笑いのエルザ。アランも「うっす」と素直に答えた。

 で、俺自身が仕事上は微妙な立ち位置にいるのは承知の上、せっかくなので先輩に仕事のことを色々聞くことにした。

「ま、先輩だし。仕方ないわね」と、エルザとしてはあまりまんざらでもなさそうだ。冒険者稼業について軽く語ってくれることに。


 港町アゼット近辺にも・・、魔獣が湧き出す《裂け目》というものがある。一定範囲をウロウロしている、空間の穴みたいなものだ。

 生まれ故郷のファーランド島にも、そういう《裂け目》が何箇所も存在している。そこから出現する魔獣を、俺たちが狩っているというわけだ。


 魔獣を倒すのではなく、《裂け目》を塞げば良いんじゃないかというと、話はそう単純ではない。

 例えば、穴が空いた袋に水を注ぎ込むと、当たり前だけど穴から水が漏れていく。

 この漏れ出す水が、こちら側の世界へ出てくる魔獣だ。


 大昔、穴を塞げばと考えて大掛かりな魔法を用いた先人がいたそうだけど、結果は悲惨なものだった。しばらくの間、確かな平和を享受した後――

 これまで先送りにしてきた分を浴びせつけるように、無数の《裂け目》が現れて、魔獣の大波が人類を襲ったという話だ。

 だから、《裂け目》はどうこうするわけにもいかない。人類にできるのは、出てきた魔獣をぶっ倒すこと。


「――というわけで、少し遠出して《裂け目》から出てくる魔獣を、溜まらない内に退治しにいくのが、私たち冒険者の仕事の中でも重要なものってわけ。使徒なら、今更って話でしょうけど」


「いや、まぁね」


 確かにその通りではあるんだけど、こっちでも事情はあまり変わらないと確認できたのはいいことだ。


 港町を出てからというもの、俺たちは言葉を交わしながら仕事場へと歩いていった。

 町の周辺には草原が広がっている。草の丈はかなり低い。草原の中には、ポツンポツンと、物見の塔が点在している。おそらく、魔獣への対処用だろう。

 ハーシェルさん曰く、監視塔は街と衛兵団の管理下にあるそうで、念のための備えというところらしい。

 そして、目を凝らした先には森が。地平線に並ぶ、枯れ始めの赤い木立は、何かの境界線のようにも映る。

 実際、この辺りではそういう認識があるのだとか。


「森からこっち側は、人間の領域ってカンジね。脅かされようものなら、正規軍が黙ってないはず」


「……ってことは、このだだっ広い草原も、街を守るためのゆとりになってる?」


 思いついた事を口にした俺に、「鋭いね!」とハーシェルさんが割り込んできた。


「過去の防衛戦の反省から、あまり町を広げすぎても守りきれなくなる――って話でね。拡張については及び腰だよ。他の街も似たようなところが多いかな」


 こういう話を聞くと、俺たちの故郷は、ちょっと……特殊なのかもしれない。魔獣が出るかもしれない森が、割りとすぐそばにあるからなぁ。

 草原から先の森に入ると、人間側の領域という認識ではなくなる……とはいえ、即座に魔獣の領地になるってわけでもない。森の中にもいくらか区分けがあって、危険度が設定されているのだとか。


「どこまで奥に行けるかが、冒険者としてのランクによって定まってるの。ルール破りで危険に遭っても、それは自業自得って扱いよ」


「なるほど……依頼書にも書いてある通りか」


「ええ。よく見てるのね……感心感心」


 街を離れてから、俺のためにしゃべりっ放しだったエルザだけど、きちんと耳を傾けたことで気を良くしてもらえた様子だ。冗談交じりに先輩風を吹かしてくる。

 一方で、アランはずっと淡々としたままだけど……ハーシェルさんの様子を見る限り、これでいつも通りってところなんだろう。


 ともあれ、エルザの変化に少し気が楽になった俺だけど、前方に仕事場が近づいてくると、さすがに気が引き締まる。先輩三人も同様だ。

「じゃ、ここからは俺が」と、アランが口にし、ハーシェルさんが真面目な顔でうなずいた。たぶん、アランがパーティーの正リーダーなんだろう。

 彼を先頭に、俺たちは森へと足を踏み入れた。


 一口に森といっても、故郷の森とはやっぱり違うところがある。木の密集度はかなり低く、木々の間はかなり遠くまで視界が通る。それに、木はやや細いものが多いようだ。

 実のところ、これは意図的なものだという。


「だいぶ昔のことなんだけど、森の中で戦いやすくするため、木を切り倒して間引いたという話だね。土地も少し痩せさせたらしい」


「それでも、多少は残したのね」


「まっさらよりは、多少残っている方が便利ということかな。大型の魔獣なんかは動きづらくなるし、木を活かした戦い方だってある。それに、"比較的"安全な戦場として、区分けを作る意味もね」


 つまり、俺たちみたいにこの森で仕事する冒険者向けに、仕事場の危険区分を視認しやすくしているってことだ。

「昔の人がどこまで考えてたかなんて、今となってはわからないけどね」とハーシェルさんが、憶測を結んだけど。


 実際、森へ入っても入り口付近は、冒険者的にはかなり安全地帯寄りだ。即座に戦場になるわけじゃない。

 しばらく俺たちは、赤と黄色からなる枯れ葉の絨毯じゅうたんを進んでいった。地図によれば、もうすぐのはずだけど……

 すると、先頭を行くアランが右腕をスッと横に伸ばし、俺たちの動きを制した。

「踏み荒らされた形跡が見える」と、小声での指摘。

 目を細めて前方をうかがうと、確かにそういった真新しい形跡が見える。そして――


 答え合わせをするかのように、獣の野太い鳴き声が木々の間に木霊こだました。

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