第16話 魔獣、《騎猪》
「来るぞ」と短く言いながら剣を抜き放つアランに、エルザもすかさず弓矢を携えて身構える。
一方、見学係の俺はどうしたものかと、手持ち無沙汰になりながら横を向くと……
「お手並み拝見といこうか」と、ハーシェルさんが余裕しゃくしゃくに微笑む。
とはいえ、念のための備えはしているようで、背負った杖を手にしている。
俺も加勢の構えを……というのは、だいぶ差し出がましい気がする。ハーシェルさんに声をかけられたのは、戦力に期待して、というわけでもないだろうし。
まずは見学優先で急事にも対応できるようにと、俺は状況観察に集中することにした。
仕事内容はわかっている。書類に書いてあった獲物は、今まで何度も狩ってきたヤツだし、先程聞こえてきた鳴き声も聞き覚えがあるものだ。
事実、遠くで木々の間から姿を現したのは、俺も良く知る魔獣だった。
《
鼻の脇から伸びる、白く鋭い双角。鋭く硬い黒と銀の体毛が、体に撫で付けられているようにして生えている。大柄ながら引き締まった体躯の魔獣だ。
それが前方に2体。
連中は、それぞれアランとエルザを敵と認めたらしい。今一度、威嚇のような鳴き声を上げた後、赤と黄の枯れ葉を巻き上げながら突進を始めた。
もちろん、こんな攻撃に対応できない先輩たちでもないだろうけど……勝手が違う土地で、知り合ったばかりの仲ということもあって、心配はどうしても感じてしまう。
とりあえず、初撃は二人とも難なく回避。軽く横へステップを踏み、すれ違いざまに斬りつけるアラン。
もっとも、剣の切っ先を目で追う限りでは、《騎猪》の肌にも至っていない様子だけど……彼も「あわよくば」ぐらいの考えだったようだ。悔しそうな感じはなく、落ち着いている。
一方、猪突を大きく避けたエルザは、構えていた弓矢をすぐに放った。飛び退きながらの一撃だけど、狙いは正確で、矢は一直線に《騎猪》の方へ。
しかし、矢は刺さらない。金属同士を打ち合う音が、森に響き渡る。頑強な体毛に受け流された矢は、少し勢いを失って木立の方へと飛んでいった。
とっさの一撃ということもあったけど、思い通りにいかずに顔をしかめるエルザ。
攻撃を回避した冒険者二人に対し、攻撃を当てられた《騎猪》二体。
とはいえ、有効打には程遠い。それをアピールするかのように、二体の魔獣は悠々と向きを変え、再びの突進のために前傾姿勢を取った。
遮るもの少ない枯れ枝ばかりの樹冠から日が差して、黒と銀の体毛がギラリと脂ぎった輝きを見せる。
それからも、《騎猪》は木の葉を撒き散らしながら怒涛の突撃を敢行。これに対し、二人は避けながら反撃を交えて応戦した。
しかし、中々有効打には至らない。打ち据える刃も、狙い澄ました矢も、体毛と外皮を貫けないでいる。
《騎猪》の体表は、頑丈な体毛に覆われている。それも、ギッシリと高密度に。
この鎧のような体毛の強度もさることながら、体表に沿った毛の流れがあることが、身の守りに大きく寄与している。刃物で切りつけようにも、毛に流されて中々奥へ通らない。
それに、避けながら反撃というのも、連中への攻撃を通りづらくする一因となっている。避けながら反撃する以上、相手は突進しているわけで、その勢いにこちらの刃が呑まれ、流されてしまうというわけだ。
攻撃が通らず、二人が焦れてきているのが俺にも伝わってくる。
ただ、《騎猪》の突進の見切りについては、二人とも申し分ないのは確かだった。後輩の立場でこういうのもアレだけど……十分動けている。
むしろ、回避については十分過ぎるようにも感じられるけど、危なげない立ち回りに比べると、攻撃は精彩を欠いているようにも。
おおむねの狙いは良く、当たってはいるんだけど……《騎猪》相手となると、単に当てるだけでは不十分。あと一歩、力や勢い、あるいは急所への狙いが必要だ。
そんな、互いに実を結ばないやり取りが何巡かした頃――
《騎猪》が勢い余って木に突っ込んだ。ほぼ貫通しかけた角を無理やり横に押し通し、くり抜かれた木が、少ししてから横に倒れていく。
よく見ると、突撃の勢いは根元側にも伝わっていたようで、地面にちょっとした盛り上がりも見える。
もちろん、今回の一撃も避けていたエルザだけど……顔色は冴えない。
その威力を見せつけてきた《騎猪》に対し、どうにも閉塞感が漂い、重苦しい空気がのしかかってくるように感じられる。
と、その時。戦う二人に変化が生じた。何やら水色に光る粒子に包まれ、粒子の集まりはたちまち大きな泡に。二人がそれぞれ、泡に包まれて宙へ浮かんでいく。
「ハーシェルさん!」と抗議の声を上げるアラン。ふと横を振り向くと、ハーシェルさんが首を横に振っていた。
「まずは仕切り直し。君ら、今の動きで、自分に合格点を出すのかい?」
二人とも、何か言いたそうではあったけど、それを口にすることはなかった。ただ、悔しそうにうつむき加減でいる。
その代わりというか……《騎猪》二体が抗議を始めようと、俺たち
「おっと!」
さすがに、黙ってこれを受けるはずもなく、《騎猪》の突進を待たずしてハーシェルさんが動き出す。構えた杖から光が放たれ――
俺たち二人の体にも、さっき見たような粒子が漂い、泡となって体を持ち上げていく。
宙に浮き始めた俺たちの下を、急には止まれない二体の魔獣が通り過ぎた。もはや手が届く位置に獲物はなく、二体が恨みがましい鳴き声を上げてくる。
そんな中、未だ戦闘中というのはわかっているものの、俺は新感覚に戸惑いと興奮を覚えていた。
「これって魔法ですか?」
泡に包まれながら、思わず嬉々として尋ねる俺に、ハーシェルさんがうなずいた。
「そうだけど……さて、どうしようかな」
彼は困ったように微笑みながら、下に視線を送った。
魔獣は二体、まだ健在。こちらも無傷だけど……主力の二人に目を向けると、やっぱり悔しそうにしてる。まずは二人が落ち着くのを待って、そこから仕切り直しか……
あるいは、ハーシェルさんに、何かやってもらうとか。
故郷に本格的な魔法使いがいなかった俺としては、泡に浮かされるだけでも十分に刺激的だ。ここからさらに、何か魔法を使ってもらえるのなら、見学としても願ってもない……というか大歓迎だ。
などと考えていたところ、ハーシェルさんと目が合い――
投げかけられた言葉は、俺の予想外のものだった。
「ハル君、アレらと戦ったことは?」
「それは……いくらでもあります」
指導係に嘘をつくのもと思い、俺は正直に答えた。なんとなく、話の流れが読めないでもない。すると……
「正当な報酬を申請するからさ……あの二体、良ければ処理してもらえないかな?」
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