第14話 冒険者登録

 改めて受付さんへ向き直ると、入港時と同じように、確認用のガラス板を指差された。


 手をかざしてみると、さっきも目にした通りだった。板の上で光が舞って、俺が何者であるか、魔力の文字で示していく。

 違うのは、受付さんだった。港のお姉さんのときよりも、どこか落ち着かない感じがある。

 魔道具の反応がひとしきり済んだ後、彼女は俺と周囲の冒険者とで、何度か視線を行き来させ、軽く咳払いした。


「ご協力、ありがとうございます。現状、使徒の方という確認が取れました」


 彼女の言葉の後、おそらくは聞き耳を立てていたであろう人たちから、何やら潜めた声が漏れ聞こえてくる。

 そちらに気を取られそうになるけど、俺はひとまず手続きに集中することにした。


「このまま、当ギルド登録の《奥印インブランド》を済ませますか?」


「お願いします」


「では、お手はそのままにお願いします」


 俺の身分を明かしていた透明な板から、緑色の文字列が消えていく。

 代わりに、板の上には白い光が現れて文字を刻んだ。


"ハスタール王国アゼット ギルド認定冒険者"


 この一文が、徐々に崩れて光の粒になり、板の上にかざした俺の手のひらへと流れ込んでくる。わずかに感じられる温かみが、手のひらから腕を伝って胸の奥へ。

 これで、俺の中に新たな印が刻まれた……ってことだろう。

 念のための確認作業もあるようだ。受付さんが魔道具に触れて指を操ると、手のひらに温かさを覚えた後、魔道具の板の上に魔力が踊り始めた。

 そうして板に現れたのは、リーネリアさまの使徒である事を示す一文に加え、新たに加わった冒険者としての一文。


「登録は以上です。お疲れ様でした」と声をかけられ、俺は板にかざした手を引いた。

 次はいよいよ、仕事の紹介か。

 一層の緊張と、ちょっとしたワクワクを覚える俺だけど、一方で受付さんはどこか落ち着かない様子で、戸惑っているようにも見える。


 そこで俺は、なんとな~く、事情を察した。

 仮に、俺が親友たちと同じような神さま――伝承での見せ場に事欠かない皆様方――からお導きを受けていたなら、《奥印》での身分照会も、ある程度の実力を示すものになったかもしれない。

 しかし、俺の場合は違う。リーネリアさまは、あの司祭様がご存知でないだけあって、やっぱりこちらの受付さんも知らない様子だ。

 そして、リーネリアさまの名前と同時に記された俺へのご加護、【植物のことがよくわかる能力】

 神の使徒として、通例通りに扱おうにも――ってことなんじゃないか。


 そういう諸々を勝手に汲み取り、自然と自分から認めてしまうことに、なんだか複雑な気持ちをいだいてしまう。

 とはいえ、何やら周囲からも微妙な視線が向けられているようで、このままってわけにもいかないだろう。

 なんだか、受付さんが面倒事に巻き込まれたみたいで、少し心苦しくもあるし。


 会話が途切れて数秒ぐらい経ったと思う。俺は先手を打つことにした。


「すみません、何か筆記具は?」


「はっ、はい、どうぞ」


 声をかけられて驚いた様子の受付さんから、俺はメモ用紙とペンを受け取った。紙にペンを走らせていく。

『知らない神さまだったんじゃないですか?』と。


 いちいち口にすると、今度はリーネリアさまに悪い気がする。周りから聞き耳立てられている感じもあるし。

 となると、筆談が一番無難に思える。


 書き終えたメモを渡すと、受付さんがホッとした様子でため息をついた。

 どうやら、俺の読みは当たっていたらしい。見当違いなことを書かなかったようで、俺も少し安心した。

 さっきまで困惑していた感じの受付さんだけど、筆談しようという申し出はちょうど良かったようで、すぐに返事が帰ってきた。


『勉強不足でした、すみません! ご加護の方も、初めて目にします。戦闘向けには感じられず、どうしたものかと』


 あ~、やっぱりそういうことか。

 少し考えてから、俺は口を開いた。


「最初のお仕事ですけど、こちらのことは良くわかりませんし……ひとまずは、簡単なものをお願いします」


「わかりました、少し調べますね」


 すっかり活力を取り戻した感じの受付さんが、引き出しから書類の束を引っ張り出し、視線を走らせていく。

 その様をじっとうかがう俺に、ふと書類から目を離した彼女が、柔らかに微笑んだ。


「これらは、追加メンバー待ちの依頼です。規定上、どの仕事も最少人数の縛りがありまして」


「なるほど……『少なくてもいいや』ってなると、そのうち痛い目みるからですね」


 俺の言葉に、彼女は我が意を得たりといった様子で、「そういうことです!」と朗らかな笑みを浮かべた。


「しかし……中々手頃な仕事が」


「ちょっといいかな、メリルさん」


 突然、横から声をかけられ、俺たちはそちらへ顔を向けた。

 俺よりも年上の男性で、たぶん20代後半ぐらいだと思う。細身で背が高く、ちょっと優男って感じの顔立ちだ。

 目を引くのは、背負っている長い杖。魔法使いの人だろうか?

 彼に向かって、受付のメリルさんが言った。


「何でしょう、ハーシェルさん」


「もしかして、一人足りてない仕事を探しているんじゃないかな?」


 このハーシェルさんは、ギルドの職員ではなく冒険者のひとりのようで、経験は豊富そうだ。これまでそばに居たわけではなく、スッとやってきた印象だけど、事の流れは察するところがあったように見える。

 彼の指摘を、メリルさんは小さくうなずいて素直に認めた。


「ちょうどいい仕事が……」


「ウチはどうかな?」


「えっ? いえ、ハーシェルさんのところは、別に……欠員が出たわけじゃないですよね?」


 口頭で応じながら、書類をペラペラとめくっていくメリルさん。


「そういうわけじゃないけど、これから仕事に向かおうとみんなで集まったらさ、何か気になるやり取りをしてるものだから。せっかくだし、一緒にどうかなと」


「そうは言っても……分け前が減りますし、みなさん納得してます?」


 メリルさんの言葉に、即答はない。振り向いてテーブルをチラ見した後、「ま、これも教育の一環だから」と、ハーシェルさんが苦笑い。

 そこで俺は、「ちょっといいですか」と会話に割り込んだ。


「初回ですし、報酬なしの見学でも……そういうのってアリですか?」


「それは……本人の同意さえあれば。ただ、後から『やっぱり……』というのはトラブルの元になります。そこだけはご注意を」


「大丈夫です」


 この二人のやり取りを聞いた感じ、ハーシェルさんは何らかの指導役っぽい。まずは、彼率いる一行に着いていって、仕事の流れをつかむのが妥当に思える。

 少し遠回りしてるかもしれないけど、今日明日にでも金が尽きるってわけでもないし。


 見学の申し出に対し、肝心のハーシェルさんは……少し考える素振りを見せた。俺を普通に働かせてみたかったのかもと、思わないでもない。

 ただ、彼はすぐに朗らかな笑みを浮かべ、俺に手を差し出してきた。


「よろしく。僕はハーシェル、君は?」


「ハルベールです。ハルと呼んでいただければ」


 俺からも手を伸ばし、二人で握手した。彼の指は少し細長く、若干華奢きゃしゃな印象だ。あまり力仕事をする感じではない。

 でも、頼りなさはまったく感じない。


 ひとまず、初仕事――もとい、見学の機会を得ることができた。安心を覚えた俺は……ハッとしてメリルさんに顔を向けた。


「ところで、どういう仕事ですか?」


 すると、虚を突かれた彼女が、急に肩を縮こまらせて伏し目がちに。「すみません、先に言うべきところを……」と謝る彼女に、横からハーシェルさんが口を挟む。


「先に内容確認するのも、勉強ポイントだね」


「なるほど…………?」


 そういうハーシェルさんも、内容には全く触れてなかったような……??

 まぁ、俺が今後気をつけるべきというのには変わりない。アドバイスはアドバイスとして、受け入れておこう。


 さて、その仕事内容だけど、メリルさんは書類の中から一枚を取り出した。卓上に広げたその一枚の上に、取っ手付きの円筒を転がしていく。

 続いて、何も書かれていない紙を取り出し、例の書類の上に重ね置く。重なった二枚の上に再びローラーが転がり……


「魔獣の退治任務です。詳細は、こちらをどうぞ」と、彼女が上に重ねた一枚を手渡してきた。

 何も書かれていなかったはずの紙に、今は文字や地図が記されている。

 こういうのは初めてだ。文字がかすかに光っているあたり、これはたぶん魔力だろう。何か魔法か魔道具的なものを使ったと思うけど……

 書類を片手に目を白黒させる俺に、「ハルさん?」と、心配そうな声がかかる。


「いえ、紙を一瞬で書き写したんですよね? こういうのは、見るのも初めてで」


 きっと、俺が書類の中身に戸惑っていると思っていたんだろう。ホッとため息をついた彼女が「そうでしたか」と口にする。


 改めて書類に目を通してみるけど、特に問題は無さそうだった。倒すべき魔獣も知っているヤツだし、群れの規模も小さい。大事おおごとになる前に潰しに行く、初動のお仕事ってところだ。こういうのは故郷で幾度となくやっている。

 とはいえ、場所が違えば仕事の流儀も違うだろう。魔獣の成長度合いや性質が違っている可能性も。

 今日は見学ということもある。見慣れた敵が相手だろうと、注意を払うのが俺の仕事と、気を引き締めた。

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