第13話 初めての冒険者ギルド

 港と街を隔てる門で通行証を提示し、俺はアゼットの港町へ足を踏み入れた。


 空がかつてないくらい狭い。


 故郷の町と比べると、ここの建物はどれも背が高い。島役場や教会以外、平屋ばかりの故郷に対し、こちらは二階建ての建物なんて当たり前だ。

 それに、建物の密集度合いも、こちらの方がずっと密に感じられる。効率的に敷き詰めてある……って感じなのかな。

 こちらの街並みを見た上で故郷を思い起こすと、あちらは随分とゼータクな土地の使い方をしているようにも思えてくる。


 新鮮なのは建物ばかりじゃない。道は整然とした石畳が続いていて、街行く人々の数は、やっぱり俺たちの町とは段違いだ。それだけ、住んでいる人の数が違うってことだろう。

 仕事の都合ってものもあるかもしれない。俺たちの町だと外に出てやる仕事が多い。そういう仕事は人手が必要で、大勢駆り出されることも。

 だから、「仕事で外出する」といった場合、出るのは家じゃなくて町ってことが多い。

 でも、こちらの港町では、町の中で済ませる仕事が多いのかな、と思う。

 少なくとも、店の数はこちらの方が圧倒的だ。


 植物の探究目的でやってきたものの、色々な店が立ち並ぶ商店街を前に、さっそく目移りしてしまう。気づけば、歩みもだいぶ遅くなっていた。

 そんな自分と、ショーウィンドウで目が合い、俺は気持ちを入れ替えた。

 まずは、こちらで生活していけるだけの、何らかの仕事を手にしなければ。


 とりあえず、何をするにも荷物が邪魔になる。

 受け取った地図には手頃な宿屋が集まる区画の案内もあり、俺はそちらへ足を向けた。

 どうも、港と商店街に挟まれた辺りが一番、イイ宿が集中しているらしい。いかにも裕福そうな人々が歩いているのが見える。

 逆に、港からも商店街からも離れたあたり……つまり、陸路でやってくる客向けの宿はリーズナブルなようだ。


 そうした宿のひとつに、俺は足を踏み入れた。

 思えば、故郷の町には宿泊施設らしきものが、ほとんどなかった。外からのお客様は特別な人が多く、島役場か島長しまおさの家で面倒をみていたはず。

 というわけで、宿の良し悪しなんてわからない俺だけど、生まれて初めての宿屋は清潔感があって落ち着いていて、安心感を持たせてくれるものだった。

 受け付けに向かうと、恰幅のいい中年の女性がにこやかに声をかけてきた。


「いらっしゃいませ~。お客さん、お一人で?」


「はい。とりあえず一泊したいんですけど、空いてますか?」


「ええ、大丈夫ですよ。こちらが料金表」


 差し出された紙に目を通してみると……相場がわからないけど、このまま稼がなくても10日以上は余裕で泊まれそうな感じではある。

 まぁ、食事なしの素泊まり前提になるんだけど。

 色々な店を巡って、知らない野菜を味わうのも修行の一環――と、欲望まみれの自分に言い聞かせ、俺は女将さんに向き直った。

「素泊まりで一泊、お願いします」と声をかけ、布袋から代金を出していく。


「……確かに。空いてる部屋はいくつかありますけど、お好みは?」


 そこで俺は、せっかくだから上の方の部屋を選んだ。故郷じゃみんな平屋だったし。

「ごゆっくりどうぞ」と微笑む女将さんから、部屋の鍵を受け取った俺は、階段を上がっていった。

 こういう階段だって、故郷じゃ登る機会はそんなにない。物見のやぐらに登るときぐらいか。

 何から何まで初めてづくし。たかだか、部屋を借りてそちらへ向かうだけでも、少し興奮してしまう。


 そうして俺は、部屋の前についた。鍵を開けて中へ。

 借りた部屋はこじんまりとしたもので、ちょうどいい大きさだった。ベッドは……実家のよりも柔らかいな。

 そして、窓! 高いところから見る街並みは、故郷で目にするようなものとはまた違う新鮮さがある。俺は窓から身を少しだけ乗り出し、眺望を楽しんだ。


 それから少しして、俺は部屋に余計な荷物を置いて宿の外へ出た。持っていくのは剣と弓矢、それに外出・・用の小道具等々。

 観光気分にあるのもいいけど、親にお金を出してもらってるんだから、やるべきことをやらないと。


 司祭様によれば、あの《選徒の儀》を受けて外へ出ていった先輩方は、みなさんひとまずは冒険者を志したという話だ。

 まぁ、当たり前の話ではある。魔獣をぶっ倒して《源素プリマス》を集め、それで神さまの使徒となったわけだから。戦うのなんて、生活の一部だ。

 港の受付のお姉さんも、同じような認識はあるのだと思う。

 実際には、経験を積んだ冒険者が、儀式を通じて神の使徒になるのが普通の流れで、俺たちみたいなのは逆なのかもしれないけど。


 ともあれ、戦うこと自体は慣れっこの俺でも、新天地で……となると気が引き締まる。

 受付のお姉さんには親切にしてもらえたけど、冒険者のみなさんはそんな感じじゃないかもしれないし。

 期待と不安が入り交じるのを感じながら、俺は地図を片手に冒険者ギルドへと進んでいった。


 事前の調べでは、冒険者ギルドは半分公的な存在らしい。こちらでも《奥印インブランド》で身分の保証を行うそうで、完全に民間のものってわけにもいかないんだろう。

 賑やかで人当たり良さそうな店が連なる商店街を抜け、立派だけどどこか少し堅苦しさのある建物が増えてきたところ、その一角に目的の建物があった。

 公的でありながらも民間寄りのような、その立ち位置のせいか、お役所が並ぶ区画の中では賑わいを見せている。


 冒険者ギルドを前に、俺は一度深呼吸をした。たぶん、故郷の島役場よりも大きな、その建物へと足を踏み入れていく。

 外見どおり、中は広々としている。入り口からすぐ近くのスペースは、どうやら談話用らしい。簡素なテーブルとイスがいくつも並び、その多くが埋まっている。いかにもな筋骨たくましい人もいれば、取引先らしい商人さんも。

 受付のカウンターから直接見える事務所では、大勢の職員さんが仕事している。

 一つの空間に、ここまで大勢。それもお祭りでもなんでもなく、日常の一部として当たり前にいる。

 人の多さだけでも少し圧倒されそうになりながら、俺はカウンターへと進んだ。


 受付の女性は、俺と同世代ぐらいに映る。近づく俺を客と認めたようで、カウンターに着くなりニコリ。


「こんにちは! ご用件は何でしょうか?」


「実は、こういうところに来るのは初めてで……」


 すると、俺の期待通り、受付さんは多くを察してくれたようだ。これまで何度も繰り返してきたであろう説明が、彼女の口からスラスラ流れていく。

 まず、こちらで仕事をするには、冒険者登録が必須となる。《奥印》を施して、ここの所属と明らかにすることで、仕事の功績と責任の所在をハッキリさせるためだ。

 で、実績を重ねていくことで、階級が上がってさらなる《奥印》を施し、より難度の高い仕事を紹介してもらえるようになる。


「――マッキノンさんは、こういうお仕事は初めてとのことですが、冒険者稼業に関わる技能や経験はお持ちでしょうか? 《奥印》等で証明できるものであれば、登録時点で若干有利になりますが」


「実は、《選徒の儀》を受けてまして……」


 すると、周囲の空気が一気に張り詰めるのを感じた。

 どうも、俺たちのやり取りに、冒険者の先輩方が聞き耳を立てていたようだ。雰囲気の一変に、さすがに気になって振り向いてみると……

 興味関心というよりも、どことなく疑う目を向けられている感が強いような気がした。

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