第12話 新天地

 島を出てから数日、遠方に陸地が見えてきた。


 超でかい。


 遠くからでも、俺たちの島とは比べ物にならないくらい、広がりがある陸地がそこにあるのだとわかる。

 数日間の船旅もこれで終わりが近い。乗客としての俺には、特にやるべきことなんてなかったけど、退屈は全くしなかった。

 船乗りさんたちは、みなさん気さくな方ばかりで、その上物知りだった。

 みなさんは、俺たちのファーランド島と、最寄りのアゼット港をつなぐ今回の航路だけじゃなく、アゼット港を中心に他の場所へも航行しているらしい。島の外の世界を知らない俺にとっては、新鮮な話ばかりだった。

 しかし、聞いて楽しむのはこれまで。ここからは自分の目で確かめる段階だ。


 港が近づいてくると、島の波止場とは全く違う光景が目に入ってきた。桟橋の向こうに、まっ平らな灰色の地面が広がっていて、倉庫やら何やらの建物が立ち並んでいる。

 停泊している他の船と、倉庫との間で荷物のやり取りがあって、慌ただしく働く荷運びの人々と荷車。

 大陸の玄関に足を踏み入れる前から、目にしたものに新鮮な驚きを感じてしまう。


 そんな俺に、すっかり仲良くなった船員さんたちがニヤニヤと笑みを浮かべてきた。


「街へ入ったら、もっと驚くぜぇ?」


「ムダ遣いしねーようにな!」


「ダイジョブですよ」


 金勘定は一番意識しているところだ。金が尽きて帰れないなんてなったら……

 いや、まあ、俺の両親のことだから、帰りが少し遅くなっても単に笑われて終わりかもだけど。


 ともあれ、新天地を前に俺は気を引き締め直した。

 船が定位置に留まると、船員さんたちがテキパキと動いていき、船を出るための準備がすぐに整った。


「じゃ、頑張れよ」


「はい。ありがとうございました」


 俺は皆さんに頭を下げた後、タラップを通って船を出た。

 さて、初めて踏みしめる異界の地だ。波に揺られていた船上よりも、さらに落ち着かない感じはある。


 しかし、知らない土地でも、今からどこへ向かうべきかはわかっていた。

 港湾部分でも一際ひときわ立派な建物、港湾管理事務所とやらだ。

 外からやってきた客は、ここで許可を得て初めて、港の先にある街への通行が許されるっていう話だ。

 よく見れば、不届き者を通さないようにと、街の方へは立派な壁が連なっている。見張りらしき衛兵の方も、俺たちの町の見張り番(交代制)に比べると、油断なく視線を巡らしている感じだ。

 別に、やましいところはないんだけど、こういうところでも異郷っぽさを覚えて、思わず身構えそうになってしまう。


 俺以外に、島からの渡航者がいなかったのも、少しアレで……やや心細く思っていたところ、別の船から出ていく人々の姿が見えた。

 とりあえず、彼らに先に事務所へ向かってもらって、俺は何食わぬ顔で後に続くことにした。


 いざ、足を踏み入れた事務所は、思っていたほど肩肘張ってしまうような堅苦しさはなかった。窓から差し込む陽の光と、明るめの木材でできた内装のおかげかもしれない。

 俺の前に並ぶ方々は、きっと船旅に慣れているんだろう。いずれも落ち着いた様子だ。彼らをさばく事務員さんもまた、淀みなく仕事を進めているように見える。

 さほどでもない行列は、みるみるうちに捌けていって……


「次の方、どうぞ」


 ニコリと微笑む、年上の若い女性に促され、俺はカウンターへ一歩進んだ。


「こんにちは。チケットのご提示をお願いします」


「はい」


 俺は、船の中でも何回か確かめていた乗船券を差し出した。この管理所にとっては、客がどこから来たかを示す、ひとつの情報源だ。

「確かに」と口にした後、受付さんが再びこちらへ視線を向けてくる。


「何か、身分を保証する物、あるいはその手立てはお持ちでしょうか」


 柔らかな口調で、これまで耳に聞こえてきた通りの質問が投げかけられた。胸の高鳴りをどうにか落ち着け、一息ついて俺は答えた。


「すみません、こういうのは初めてなんですが……《選徒の儀》は受けています」


 緊張しながら口にしたところ、受付のお姉さんの目が少しだけ見開かれる。

 受付さんは少し居住まいを正し、「では、こちらにお手をどうぞ」と指差した。その先にあるのは、カウンターの上に置かれた、ガラス板っぽい透明な板だ。広いまな板ほどの大きさがあって、ほんのりと光を帯びているようにも。

 促された通りに、俺は板へと手を伸ばした。すると、かざした手がわずかに温かさを覚え、透明な板の上では緑色の光の粒子が踊り始める。


 俺たちが受けたあの儀式は、正式には《選徒の儀》と呼ばれている。

 そして、あの儀式で授かったものは、神さまとのつながりやご加護だけじゃない。


 透明な板の上に舞う光が、すぐに整列して線に変わり、意味を成す文字の連なりとなっていく。

 やがて、俺が本当に《選徒の儀》を経たことと、俺にお導きを与える神、リーネリアさまの名が、板の上に示された。

 それと、儀式で授かったご加護、【植物のことがよくわかる能力】の明記も。


 あの儀式を通じ、俺の中に魔力で刻み込まれたものを、この板状の魔道具が写し取った……ということらしい。

 島を出るにあたり、俺は一応、こういった手続きについても勉強はしておいた。

 なんでも、こういう魔道具で身分を照会するのは、島の外のこちら側では一般的らしい。

 まぁ……俺たちの島では、島民がお互いに顔なじみだったけど、もっと大きな街ではそうもいかないってことだろう。


 それで、こういった魔道具で身分とかを読み取らせるためには、証明となる情報の印を体に宿しておく必要がある。

 そういった印を与えるための処置が、《奥印インブランド》。体の奥底に魔術的な印を与える、一種の儀式や契約みたいなものだ。

 この《奥印》を、国とか街とかの公的な存在が責任を持って行うわけだけど――

 《選徒の儀》によって与えられる印は、人間社会が与えるものとは一線を画しているという。

 何しろ、神々が直々に、使徒へ下さる印だから。


 これで、俺があの儀式を経験したというのは示すことができた。この受付さんも、リーネリアさまのことはご存知ない様子だけど……

「知らない神ですね」などと言われることもなく、手続きは粛々と進む。


「ご協力ありがとうございました。ファーランド島で《選徒の儀》を受けられた、ということですね」


「はい」


「差し支えなければ、こちらへの訪問の目的をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 メインは、知らない野菜や果物、草花を食べることなんだけど……絶対に変に思われる自覚はある。

 もう少し普通の理由として、俺は「修行です」と端的に答えた。手続き的には特に問題ない返答だったらしく、「かしこまりました」との言葉をもらえた。


「ご旅行自体が初めてとのことで、修行目的ということでもありますし、まずは冒険者ギルドへ向かわれるといいでしょう」


 と、受付さんが卓上に積んである地図を一枚手に取り、俺たちの間に置いた。この港町、アゼットの地図のようだ。

 親切なことに、地図に印までつけてくださるお姉さん。冒険者ギルドだけじゃなく、そういう稼業で世話になりそうな、いくつかの建物まで。


「ありがとうございます、助かります!」


 知らない土地へ足を踏み入れ、心細かったところに、人の優しさが温かく染み込んでくる。頭を下げる俺に、お姉さんはにこやかに応じた。


「初めてで何かと大変かと思いますが……がんばってくださいね」


「はい!」


 地図と通行証をいただいた俺は、改めて受付のお姉さんに頭を下げ、事務所を後にした。

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