第11話 いざ、新世界へ
司祭様に考えを打ち明けたその日、夕食の席で俺は、両親にこの件を切り出した。
黙って耳を傾け、いつになく真剣な視線を向けてくる二人に、言い知れない威圧感のようなものを感じてしまいそうになりながら、それでも自分なりの想いを口にしていく。
ひとしきり話し終え、俺は一息ついてから二人の様子をうかがった。気を悪くしていないようには見える。普段よりも穏やかな感じさえある。
ややあって、母さんが口を開いた。
「ハル、この話って、
「司祭様に今日お会いする機会があって、その席で」
「なるほどねえ」
声の調子から、あまり否定的に思われてはいなさそうだ。親父の方も、腕を組んでこちらをじっと見つめてくるだけだ。
俺が
俺があの儀式を受けても、二人があまり目立った反応をしなかったのは、そういうことだろうと思っている。
だから、俺が島を出ていくという、一線を超える願望を
実のところ、どう思っているんだろう?
強く反対はされていない。でも、呆れられているのかもしれないし、諦められているのかもしれない。
二人が何を考えているのか、俺は口を閉ざして気を揉んだ。三人で囲む食卓に、静かな時間が流れていき……
「思っていたよりも遅かったな」と、親父が母さんに向いて声をかけた。
「そうかしら? 私は、あの儀式を受けてからになると思っていたけど」
「外で授かってから、見せびらかしに戻って来るんじゃないかと思ってたんだがなァ」
「なるほどねえ」
妙な話の流れに戸惑う俺だけど……二人には、いずれこうなるって予想がついていたように聞こえる。
実際、二人はそのように考えていたそうで、そう考えるだけの材料もあったという話だ。
「あんたが……10歳の頃かしらね。司祭様から、『この子はいずれ、島の外へ出るでしょう』って」
「司祭様が?」
聞き返すとうなずく二人。
「薄々、そんな感じはしてたんだが……司祭様も仰るなら、間違いないなって……なあ?」
「そうね」
二人は俺よりもずっと前から、このことについて心構えができていたようにも映る。
いや、まだ是か非か聞いていない。「もしかしたら」の可能性に口が乾くのを感じながら、俺は尋ねた。
「それで、許可は……」
「あら? ダメなら引き下がってくれるの?」
「そりゃ……仕方ないじゃん。二人には迷惑かけられないし」
正直に答えると、母さんがニコリと笑って席を立った。俺に近づいて頭にポンポンと軽く触ってくる。
「可愛いわねえ」
「う、うっさいな」
「ちょっと寂しくなるわ」
耳にした言葉に、思わず振り返ると、母さんは戸棚に手を伸ばすところだった。
そこから取り出しされたのは、厚手の布袋。テーブルに置かれ、ジャラっとリッチな音が鳴る。
これが何なのか、あらかた想像はついた。
「もしかして、旅費?」
「ああ」
腕を組んだままの親父が、柔らかな表情で答えた。
「ま、渡すには条件があるんだがな」
「条件って言うと?」
「帰りの旅費は残しておけよ」
さすがにそこまで無計画じゃない。
ただ、「無事に帰って来いよ」という含みもあってのご注文なのかも、とも思う。
「ま、冬の終わりがけには戻るよ」
「それまで続けられるくらい、何かで稼げればだけど……ハルなら大丈夫かしらね」
「だな。家業を継がんのはアレだが……自慢の息子ではあるしな!」
と言って、親父が快活に笑い、母さんも表情を綻ばせる。
この二人を前に、温かな気持ちを覚える一方で、ふと不安の虫がうずいた。
島の外へ行く理由に、今のこの町での居心地の悪さから逃げる面も、ないわけじゃない。
……でも、島の外が居心地のいいところと決まっているわけじゃない。
一時的な旅とはいえ、旅立ちを応援してくれる二人を前に、後ろ髪を引かれる感じというか、ためらいのようなものを、今になって少し感じてしまう。
ただ……口にした言葉を引っ込めるのは、あまりにも情けない気がした。
「親父、母さん……ありがとう」
居住まいを正し、俺は二人に頭を下げた。
認めてもらったのなら、二人の信頼に応えないと。
☆
それから数日経って、ついに迎えた旅立ちの日。
船着き場には両親だけじゃなく、親友たちに司祭様、この件を聞きつけた暇人――果ては島長まで見送りに来ている。
「大げさなんだから」と笑うも、釣られて浮かび上がるみんなの微笑には、どことな~くぎこちない感じが、ないわけでもない。
やっぱり、何か意識してしまっている――お互いに。
でも、今回の旅で、そういうスッキリしないものを払拭するための何かを手にしに行くわけだ。
自分を取り巻く現状を再確認し、決意が改めて固まるのを感じた。
すると、見送りの中からライナスが歩み出てきた。若干、陰を感じないでもない感じの他のみんなと違い、コイツはいつも通りに見える。
「土産話には期待してるぞ」
「うんざりするくらい、自慢話を仕入れてきてやるよ」
「ははは、大きく出たな。いいぞいいぞ~」
ニヤリと笑って俺の脇腹を軽く小突き、肩に腕を回してくる。
やっぱりいつも通りのコイツに続き、今度は普段よりも湿っぽい感じの女友達、イリアが口を開く。
「ちょっと寂しくなるね」
「……ちょっとかァ」
言葉尻を捕えて反応をうかがってみると、一瞬だけ真顔になった後、なんとも言えないイイ笑みを返してくる。
「ハルく~ん? 『ちょっと』じゃなくて、なんて言えば良かったのかな~?」
「そ~ゆ~のって、言わせるもんでもないだろぉ?」
「まったく、口が減らないんだから」
湿り気も吹き飛ぶような、少しへそを曲げた感じを出した後、彼女は周囲の視線を受けてやや恥ずかしそうに。その照れ隠しっぽく、ツンと取り澄まして続けた。
「元気でね」
「ん」
「……言われなくったって、元気でやってくでしょうけどね」
「一言二言余計だなぁ」
「人のこと言えないクセに~」
最初の、お互いに何となく感じていたような気まずい感じはどこへやら。口を開けばすっかりいつもどおりになる。
単に、俺が気にし過ぎていただけだったのかもしれない。
こうなると、短い間とはいえ、ここを離れることに確かな寂しさを感じる。
その一方で、こうして見送ってくれるみんなを、驚かしてやりたいという思いも強まっていた。
女友達とのやり取りの後、見送りのシメにと島長が前に出ていらっしゃった。豊かな白髪に白髭、少し猫背だけどまだまだ元気なお爺さんだ。
「しっかりな、ハル」と島長がしゃがれ声で仰った。
「お前が何かやらかすと、こっちまで印象が悪くなるでな」とも。
あまり本気で言いつけてる感じはなく、あくまで冗談っぽい。
「信用無いなぁ」
「念のためじゃて」
送り出す言葉は以上で、アッサリしたものだった。これぐらいの方が気楽で、ちょうどいいかな。
どうせ、春になれば帰ってくるんだし。
「じゃ、行ってきます」
見送りに来てくれたみんなに軽く手を振り、俺は桟橋を進んで船へと向かった。
これから乗り込む船は、沖合に出るような漁船に比べ、はるかに大きく立派なものだ。
海の向こうには、俺たちの島とは比べ物にならないくらい大きい陸地――大陸ってのが広がっている。
一応、世界地図でそういうのがあるってのは知ってたけど、俺たちの島ファーランド島とは桁違いの大きさだっていうんだから、想像もできない。
で、その大陸と島を結ぶため、こういった立派な船が月に数回、定期的にやってくる。やり取りするのは主に交易品で、俺みたいな乗客は、もののついでみたいな感じらしい。
漁船で島の沿岸とか近海へ出たことはあるけど、外洋を航海するような船に乗り込むのは初めてだ。
甲板に乗り込むと、波に打たれているわけでもないのに、浮足立って落ち着かない感じがした。
しばらくは甲板の端の方で、船員さんたちに邪魔にならないよう、皆さんの仕事ぶりを眺めることに。
やがて、帆を広げた船が少しずつ動き出した。
見送りに来たみんなは、仕事に戻った人も少なくないけど、まだ残っている顔ぶれも。手を振るみんなに向けて、俺の方も手を振り続けた。
そうして、お互いの姿が見えなくなるまで手を振って――
「よう!」と気さくな声が後ろから。
振り向いてみると、手が空いたらしい船員さんが数人いた。
「巣立ちってやつか?」と尋ねてくる、少し年上の船員さんに、俺は首を横に振った。
「そこまでのものでもなくて、春にはまた戻るつもりです」
「へえ。旅行……って格好でもないか」
旅といえば旅になるんだろうけど、今の俺はレジャー的な旅の装いじゃない。弓や剣を携える旅装で、船員さんたちも察したようだ。
「修行というか、何というか」
「ま、がんばりなよ」
まとめ役っぽい船員さんが俺の肩を軽く叩いた後、みなさんがその場を離れて自分の仕事へ戻っていく。
一人になった俺は、船の外へと視線を巡らした。
あたり一面真っ青だ。振り返れば俺たちの島があるけど、山がちっぽけに見えるくらい遠ざかっている。
この、見渡す限りの大海原の先に、俺たちの島を――何千何万倍? も大きくしたような世界が広がっているらしい。
海も陸も、途方もない大きさだ。
この真っ青な光景を目にして、想像も及ばないような広がりのある世界の、ほんの一端を垣間見たような気がした。
この先に、まだ見ぬ植物が、きっと
ワクワクして、今夜は寝れそうにないな。
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