第10話 一大決心
ライナスと別れてからも、俺は森の中を巡った。ガイド本片手に野草と野花を探し求めては、味を見た奴に印をつけていく。
ここ数日間、探索に明け暮れていた甲斐もあって、印は結構な数に登っている。
もっとも、この初心者向けの本でさえ、載っている草花を秋という1シーズンで網羅できるわけじゃない。
う~ん、どうしたものか。
日が傾く前に町へ戻ったところ、見張りのオジさんに呼び止められた。
「司祭様が、お前に用があるみたいだぞ」
「司祭様が?」
「空いた時間にって話だったな」
俺に何の用だろう。急ぎって感じではなさそうだけど、暗くなる前の今ならちょうどいいか。オジさんに手を振って別れ、俺は教会へと足を運んだ。
例の儀式ぶりに訪れる教会だけど、普段は本当に静かなものだ。見回しても、客は俺以外に誰もいない。
祭壇の方には、助祭の若いお兄さんがいらっしゃる。話はすでに通じているみたいで、俺の姿を認めるなり、にこやかに「奥でお待ちですよ」と声がかかった。
さっそく奥へと進んでいくと、なんともいえない神秘的な空間が急に切り替わり、他の建物とそう変わりない生活感ある雰囲気に。
こっち側へは何度も訪れたことがある。というか、教会の表側よりもずっと馴染み深い。
親が子の面倒を見きれない場合、こちらの教会に子を預ける事が多く、託児所みたいになっている。俺もここの世話になったり、自分より小さい子の世話をしたり……というわけだ。
そういう、預けられた子たちがまだいるようで、いくつかの部屋からは楽しそうな声が聞こえてくる。
さらに通路を進んでいって、奥にある部屋へ。客間も兼ねた事務室だ。こちらの部屋には滅多にお邪魔しないけど、何回か入ったことはある。
「失礼します」
「どうぞ」
ドアを開けると、にこやかな司祭様が立ち上がって、俺にイスを勧めてくださった。
「いきなり呼んで申し訳なかったですね」
「いえ、最近は暇ですし」
そうした暇を、野草食べ歩きに費やしているわけで。
イスに腰かけて少しすると、司祭様が話が口を開かれた。
「単刀直入にお尋ねしますが……」
「はい」
司祭様の表情は、いつもどおり穏やかなものだけど、眼差しには真剣なものを感じた。
「君が授かったご加護について、どのような感じか聞かせてもらえませんか?」
ああ、なんとなく予想できていた。他のみんなには避けられているように感じる話題だけに、どう切り出したものか少し迷う。
少し考え込むと、司祭様がフッと表情を柔らかくして、言葉を付け足された。
「不勉強なもので、君をお導きになるリーネリア様の事を、私も知りませんでした。ご加護についても同様です。君の口から、少しでも教えてもらえればと思いましてね」
「なるほど……司祭様のお仕事の上でも、大切な情報というわけですね」
思わず居住まいを改める俺だけど、早とちりだったらしい。司祭様が含み笑いを漏らされ、端的に仰った。
「単に、私の興味です」
身構えたところがスカされた感じだけど、まあいいか。俺のご加護に、俺以外の人が興味を持ってくれているのは……何となく嬉しい。
それに、そこまで真剣に身構えるような話題でもない、そう思えば気楽だ。すっかり緊張が抜けた俺は、今日に至るまでの事の流れについて話していった。
「発端は、あの儀式が終わった後の夕食で……」
「ふむふむ」
思い出しながら話す俺の前で、司祭様がうなずきながら耳を傾けてこられる。
あの夕食から始まり、能力に目覚め、食べてもいい草花探しに明け暮れ――事の流れとともに、現時点での考察についても触れていく。
同じ植物でも、食べる部位によっては見えてくるものが違うこと。
水で薄まったような味だと、見えるものもぼんやりと薄くなること。
となると、見えているものが何を意味するのかは不明ながら、味とは何らかの関係があると思われること。
こういった考察を耳になさって、司祭様はどこか嬉しそうになさっているように映る。
「―――そういえば、アンナさんちで昼食をいただいた時のことなんですが」
「製菓店さんですね」
「はい。食後にリンゴタルトをいただいて、リンゴを2種類使ってるみたいなんですよ。何やら品種が違うとかで」
そこまで言うと、司祭様は早くもお察しになったようだ。
「リンゴの種類が違えば、見えるものも違っていたということですね」
「そうなんですよ。それで、市場へ行ってみたんですけど……」
「リンゴはリンゴで、一種類だったのではありませんか?」
先を見通したかのような言葉に、俺は無言でうなずいた。
ただ、司祭様がご存じなのは当たり前の話だったようだ。というのも、このリンゴタルトの件で一枚かんでいらっしゃるからだ。
「酒類の扱いの関係で、私も交易には関わっていまして。島の市場で流通しているリンゴとは別に、あのブレークス製菓店が個人的に、別種のリンゴを仕入れています」
「謎が解けました」
「君の事ですし、そういった予想はついていたのではないですか?」
見抜かれたのか、それとも高く評価されているのか。ともあれ、俺は照れくさくなって「いや~」と首の後ろを軽く掻いた。
しかし……ふと会話が途切れると、急に真面目な気持ちが沸き起こってくる。ここ最近、頭を悩ませていたことだ。
打ち明けるなら今と思い、俺は腹を
「司祭様」
話の流れが変わったのをお察しのようで、表情を引き締められた司祭様だけど、眼差しには穏やかで優しいものがある。安心を感じながら、俺は言葉を続けた。
「実は……この島を出ようかと思っています。司祭様はどう思われますか?」
俺がこんなことを言い出すのは、すでに予想できていらっしゃったのだと思う。さして驚かれた様子はない。
「ご両親やお友達には?」
「いえ、まだです」
「そうですか……責任重大ですね」
冗談めかして仰る司祭様に、俺は今思っていることを続けて話した。
話は単純で、これから寒くなると野外探索には向かなくなる。町を離れて一人で出歩くべきではないからだ。
草花の探求が難しくなる代わりに、市場の野菜や果物を――と思っても、数日あれば全種試すことができるだろう。
となると、せっかく授かったご加護を持て余すことになるんじゃないか。
この加護を面白いと思ってきたところ、冬の訪れで寝かせてしまうのは、なんかもったいない気がする。
でも、島の外へ行けば事情は違ってくるかもしれない。市場には俺が知らない植物が出回っているかもしれない。イモが一種類じゃなくて、何種類も当たり前に消費されているかもしれない。
少なくとも、リンゴは複数の種類があることだろうし。
品種という概念を知った今、島の外にある市場に強い興味を惹かれている。それが、この島の外へ行ってみたいという理由の一つだった。それに……
「なんというか、最近……少し、居心地の悪さみたいなものも、感じないわけじゃなくって」
素直な気持ちを口にした俺に、司祭様が無言でうなずいて先を促された。
「勝手に俺の方が気にしてるだけかもしれませんけど、なんだか、みんなに妙に気を遣われているような……だから、その状況を変えたくて」
「状況を変える?」
「俺が、ご加護を元に何かこう……ちょっとしたことでも、何かを成し遂げたり身に着けたりできれば、『みんな見る目がないんだから~』って話になるんじゃないかと思って。そうなれば、ご加護のことで変に気を遣われることもないし、ひいてはリーネリアさまにも、ご満足していただけるんじゃないかと」
「……なるほど」
考えを口にしたところ、真面目な感じはそのままに、司祭様はいたく満足なされた様子で大きくうなずかれた。
「実を言うと、儀式やご加護のことは抜きにしても、君はいずれこの島の外を目指すだろうとは考えていました」
「そうだったんですか?」
「はい」
なんでも、あの儀式を目指して魔獣退治に勤しんだ島民――つまり、俺たちの先輩の多くは、今では島の外でそれぞれの生活を営んでいるのだとか。
「儀式は十年ぶりでしたから、君たちは先輩の事を覚えていないかもしれませんが……みんな、事あるごとに手紙を送ってくれますよ」
と、嬉しそうでいて、少し寂しそうなお顔を見せる司祭様だけど……
「そこまで長く外出するつもりはないですよ。少なくとも今回は、ですけど。冬が終わったら帰るぐらいの考えでいます」
「なるほど。少し早合点していたようです」
とはいえ、それなりにまとまった期間、島を離れるつもりでいることには変わりない。俺の意向について、司祭様は最終的なご意見を下さった。
「私個人としては、応援します。ですが……ご両親への説得は、君がするべきでしょうね」
「ま、そうですよね」
「どうしようもなくなったら、私が口利きしても……と思いますが」
さすがに、そこまで世話になるのもなあ……自分の子が司祭様を煩わせたとあっては、ウチの両親だって良い気はしないだろうし。
「ウチで解決します」と宣言すると、司祭様は「きっと大丈夫ですよ」と穏やかな微笑で請け合ってくださった。
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