第9話 お導き、その力の差

 朝早くに家を出ては、島中を巡って野草や野花を探し、顔をしかめながら味を確かめる……

 そんな日々が何日か続いて、ある日の事。


 俺は森のせせらぎの横で寝そべっていた。頭上に広がる枝と葉の迷路の奥に、透き通る青い空が広がっている。

 なんとも気持ちのいい晴天だけど、俺の胸中はというと、そこまで晴れ渡るものでもない。この先に対する、ちょっとした悩みでモヤモヤとしている。

 そこまで深刻なものでもないけど、どうしたものかとひとり思い悩んで、小さなため息が出る。


 そうしてぼんやりしていたところ、遠くから聞こえた音に体が敏感に反応した。思わず跳ね起きて、音がした方へと身構える。

 何かを力強く叩きつけ、それが爆ぜたような破裂音だった。


 少しすると、再び同じ音が遠くから響いてきた。

 森の中で似たような音を聞いたことはない。さすがに気になって、俺は付近でも背の高そうな木へ登っていった。バランスを取って樹冠から頭を出すと――

 音よりもわかりやすい兆しがあった。


 ここから若干離れたところにある、木々に囲まれた岩場の辺りで、何やら紫の閃光がほとばしる。続いて、光の後に届いてくる炸裂音。

 あそこで何かが起きているのは間違いない。問題は、何かということだけど……何となく見当はついた。紫色の閃光は、稲妻を想起させるものだ。

 そして、つい先ごろ、稲妻の力を宿す神さまの力を授かった親友がいる。


 もしかすると、俺が知らないだけで、何かヤバい魔獣が潜んでいるのかもしれないけど……それはそれで、偵察する意味はある。

 断続的に音が鳴り響く中、俺は念のための警戒を絶やすことなく、音がする方へと急いだ。

 しばらくすると、音が鳴りやんで森の中が静かになった。移動したか、休憩してるか。そこで何が起きているのか思い巡らせながら、俺はそのまま森の中を駆けていく。


 木々の切れ目に差し掛かると、視界が急に開けてきた。前方にはやや明るい灰色の見慣れた岩場。

 そして、手ごろな岩に腰かける同世代の青年が一人。やや赤みが差した金髪が、秋風に撫でられてそよぐ。

 予想通りだった。

 森の中から近づく俺に、あっちもなんとなく気づいたらしい。こちらへ顔を向けてきて自然と目が合う。


「おいっす」


「おっ、奇遇だな」


 軽い感じで声を返してきたライナスに、「いつになく騒がしいもんだから」と言ってやると、ライナスは「人気ひとけを避けたつもりだったんだけどな~」と苦笑いし、後頭部を掻いた。


「で、何してたんだ? ま、なんとなく見当はつくけどさ」


 尋ねながら、俺は視線を外して岩場へと向けた。

 近づいたことで良く見えるようになった巨岩の一つには、目線当たりの高さに黒ずんだへこみが見える。へこみからは放射線状に、細い亀裂が入っているようにも。

 きっと、ご加護によるものだろう。お互いに結構鍛えているものの、自力でここまでやるようなパワーなんて身に着けていない。

 すると、岩の腰掛けから立ち上がったライナスが、「見たいか?」と聞いてきた。


「ま、せっかくだし」


「よし、そこで座ってな」


 そう言うなり、彼は木立の方へと足を向け、腰をかがめた。落ちている枝を物色しているところのようだ。

 となると、さっき音が途切れたのは弾切れってところか。


 少しすると、程よい長さと太さの枝を担いで、彼が立ち上がった。節くれだっていて若干曲がっているのを除けば、まぁ投槍と言える大きさのブツだ。


「ビックリしてひっくり返るなよ~?」


「へいへい」


 揚々と槍を掲げ、助走準備に入るライナス。俺は黙ってその様子を眺めた。目を凝らしてみると、槍の穂先――つまり、拾い物の枝の先端――から、かすかな紫色の光が放たれている。

 その光は、ライナスが標的にしていた巨岩の、それも着弾点に向かって続いているようにも見える。

 これも、ご加護の力に関係しているんだろうか?


 固唾を呑んで見守る俺の前で、ライナスは軽くステップを踏み――

 投槍が手を離れるその瞬間、視界いっぱいに薄い紫の閃光が走った。その閃光を放つ中心となっている木の枝が、より一層に濃い紫の光を帯び、目にも止まらない速度で飛んでいく。

 身構えていた俺の予想を遥かに超える速度だった。投槍は瞬く間に着弾。着弾点から紫色の光が、いくつもの筋となって走っていき、轟音と衝撃が空気を揺らす。


 一連の出来事の間、俺は放心していたかもしれない。気がつけば立ち上がり、俺は残心を取るライナスに駆け寄っていた。


「すっげーな、マジで! もっぺん頼む!」


「う~ん、俺はいいけど……手ごろな枝がなあ」


「一緒に探そう!」


 俺の押し込みに、「そこまで言うなら」とライナスが折れた。さっそく二人で、手ごろな得物を探す運びに。

 とはいえ、さすがに生きている木から枝を折るわけにはいかない。訓練というより、お遊びに近い感じだし、武器が使い捨てだし。

「石では代用ってのは?」と尋ねると、ライナスはフルフルと首を横に振った。


雷霆らいていの槍神さまから力を賜っておいて、石を投げるってのもなぁ……」


「それもそうか」


「ま、アリかどうか、いずれ聞いてみるとするよ」


 例の儀式を通じ、自分を認めてくださった神とのつながりを得た俺たちだけど、あの儀式だけではまだまだスタート時点だ。神さまの方も使徒の方も、今はお互いにお試しといったところ。

 で、これからも俺たち使徒の方は《源素プリマス》を集めていく必要がある。集めた《源素》を元に、結びつきをさらに強固なものにしていく。

 そうすれば、いずれは神さまと会話できるようになるっていう話だ。


 そうして神さまと通じ合い、自前の魔力で神の姿を顕現させられる段階になると、神の使徒は世間的には勇者とも呼ばれるようになる。

 これは大昔の伝承にならっての慣習みたいなものだ。今の俺たちは勇者見習いってところか。

 ライナスの場合、きちんとした勇者になった上で、槍神さまに石を投げるお許しをうかがってみようってわけだ。


――じゃあ、俺の場合は?


 これからの事について、またぼんやりと考え始めたところ、ちょうどいい枝が視界に入った。余分な側枝を適当に打ち払い、新たな得物をライナスの方へ。

 再び俺は小岩に腰かけ、見物に入った。ライナスが槍を構えてステップを踏み……


 初見の時よりも今回の一撃の方が、何が起きているのか、なんとなくわかった気がした。

 投槍の弾道は、地面とほとんど平行といっていいものだ。もともと投擲が得意なライナスでも、ここまでの勢いで槍を投げることはなかった。

 標的の岩までの距離も、いつもの投擲の距離をずっと超えているように感じる。

 それでも、投げた槍は速度を失わず、標的から逸れることもない。


 あっという間の出来事の後、閃光が去ってから目を凝らしてみると、宙に塵のようなものが漂っている。投槍になった枝の破片だろう。バラバラというより、コナゴナになっている。

 改めて、ターゲットの方に目を向けると、地面には目につく大きさの破片が残されていない。せいぜい、打ち砕かれたであろう岩の破片が、黒い欠片となって散らばっているぐらいか。

 つまり、枝よりもずっと硬い岩を打ち砕き、投げた枝の方は跡形もなく消し飛ぶほどの威力があったってわけだ。


 気になったのは、槍の先端から標的へと向かう、ごくわずかな細い紫の光。これが、ご加護によるお導きの一つなのかもしれない。

 その辺を指摘してみると、ライナスは目をパチクリさせた後にうなずいた。


「いやぁ、やっぱ気づくのが早いな」


「おっ? 合ってる?」


「たぶん」


 彼自身、得たばかりの力ということで良くわかっていない部分も多いのだろうけど、この光については察するところがあるらしい。

 なんでも、心の中で狙いを定めると、得物から光が伸びていくんだとか。

 この光のおかげで、彼に導きを与えてくださっているクレアロス神の伝承通り、決して狙いを外さない必殺の一撃になっているってことだろう。

「……ここまでの威力があると、普段の狩りには使えそうもないけどな~」と彼が苦笑いする。


「魔獣退治で使うなら良さそうだけど。あと、翼竜ワイバーンぶっ倒したりさ」


「……ん~? いや、それもどうかと思うな~。なんていうか、鬼畜っぽくないか?」


「『お前ら・・・のおかげで、こんなに強くなったよ!』みたいな?」


 人の悪い笑みを浮かべて言う俺に、ライナスも表情を綻ばせた。


 二人でひとしきり笑った後、視線がふと巨岩の方へ。

 改めて見ると、授かったばかりのご加護にしては凄まじい。

 でも、これだけの力を下さる神さまに、小さい頃からの親友が認められたのは、やっぱり嬉しいな。


――なんて思っていると、ライナスが俺の方に目を向けているのに気づいた。


「どうかしたか?」


「いや……最近、ひとりで森に入ったりしてるだろ?」


「ああ」


「【植物のことがよくわかる能力】を試すためか?」


「ああ」


「どんな感じだ?」


 ストレートに問われたものの、説明が難しい。

 ライナスのご加護は、さっきみたいに人前で披露できる。

 でも、俺のご加護は、そうはいかない。

 俺に見えているものを直接、誰かに見せることができない。


 仕方ないから、俺は口頭で説明することにした。


「植物を口に含むとさ、何か星座っぽいものが視界に浮かび上がってくるんだ」


「へえ……その星座が何なのかは、あまりわからない感じか?」


「ああ。神さまに聞いてみたいところだけど……」


「だけど?」


 言葉の先を促すライナスに、俺は最近考えていることを口にした。


「ただ答えを聞くだけじゃなくて、俺なりに答えを用意した上で、答え合わせにしたいと思ってさ」


「……なるほどな~」


 つまり、俺に授けられたご加護は、実際のところ俺にとって「力」として役立つものって段階にはない。今は、解くべき謎のひとつだ。

 これを役立てられるようになるまで、色々と段階を踏む必要はあるだろうけど……

 これはこれで、面白いとも思う。


 俺の返答に満足いったのか、ライナスはニヤリと笑みを浮かべた。

 たぶん、コイツはコイツで、俺とあの儀式について心配してくれていたんだと思う。そこまで深刻視はしていなかっただろうけど。

 コイツがひとりで槍投げの訓練をしていたことについても、なんとなく理由はわかる。俺に気を遣ったんだろう。

 仮にいつものメンバーと行動するとして――儀式やご加護絡みのものとなると、俺を誘うかどうかっていう話になって、そういうことを話題にして迷うこと自体……ってことなんじゃないか。

 だから、こうした諸々について誰に何も言わず、一人で動いているんだと思う。


 長い付き合いから、俺は事の背景を予想した。

 合っているかどうか、いちいち尋ねて確かめる気にはならないけど。


 ふと、空を眺めて雲を目で追う。「一気に涼しくなったよなぁ」とポツリつぶやくと、「だよな~」と気だるげな声が続いた。


 あの儀式と授かったものについては、俺の中では折り合いがついている。

 でも、今の俺にまったく悩み事がないかというと、決してそういうわけじゃない。

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