第5話 よくわからん【よくわかる能力】

 イモが口に入った途端、急に視界がチカチカし始めた。部屋の明かりがおかしくなったわけではないし、イモが悪くなっていたわけでもない。味は普通だ。

 現に、親父も母さんも、普通に食事を進めている。


「……どうかした?」


 何か妙に思ったらしい母さんに尋ねられ、俺は「思ったより熱かった」と、口元を抑えながらはぐらかした。

 部屋にもシチューにも異常はない。

 変になったとすれば、原因は俺自身だろうけど、心当たりはないこともない。

 今日の儀式で授かったという、【植物のことがよくわかる能力】だ。


――イモという植物を口に含んだことで、何かあったのかも……?


 妙にドキドキするのを感じながら、俺は口の中のイモをすり潰し、水で飲み込んで一息ついた。熱くて参ってたって言い訳もしてたことだし。

 口の中からイモが去ると、チカチカするものは見えなくなった。

……ってことは、つまり、そういうこと・・・・・・か?


 具沢山シチューの中には、まだまだ野菜が山ほど入っている。試しに俺は、煮崩れ直前の葉野菜をスプーンですくい、息を吹きかけた。程よく冷ましてから再び口の中へ。

 やっぱり、視界がおかしい。


 俺の中で起きていることは明らかに異常なんだけど、どこか胸弾む感じもある。

 とりあえず、口の中ではシチューを味わいつつ、自分を落ち着かせた。妙な光がちらつく中、何回かまばたきをして――

 目を閉じた方が、それ・・が良く見えることに気づいた。両親に不思議がられるのを承知の上で、目を閉じてそちらに集中してみる。


 暗い視界の中に見えるのは、何かの星座みたいなものだった。星々の連なりがいくつか並んで見える。

 ただ、普通の星座と違うところもあって、色が結構めちゃくちゃだ。緑色や茶色の星なんて見たことない。

 それに、星たちを結びつけて見ているのは人間の勝手だけど、俺がいま見ている星座たちは、星の間の線までしっかりとつながっている。


「ハル、どうかしたの?」


 今度は、さっきよりも心配そうな母さんの声。俺は正直に答えた。


「たぶん、ご加護の影響だと思うけど、何か見える」


「何か?」


「なんだろ……野菜に関係してると思うけど、よくわからん」


 ぶっちゃけ、こんな要領を得ない返答では、かえって二人には不安に思われても仕方ないところだけど……

「まぁ、そういうことなら」と、俺のことを放っておいてくれた。動じないというか、マイペースというか。

 いや、人のことは言えないか。

 少しばかり、母さんに申し訳なく思いつつ、俺はシチューの味そっちのけで、星座の観察に意識を傾けていった。


 結果、わかったことは色々とある。

 まず、目に見える星座は、口に含んだ野菜の種類に大きく影響されるらしい。イモはイモ、葉野菜は葉野菜、ニンジンはニンジン。それぞれで視界に映る星座の種類や構成が変わってくる。

 ただ、野菜一種類につき星座ひとつってわけでもない。どんな野菜でも、口に含めば、いくつかの星座が脳裏にちらつく。

 あと、シチューを具なしで口に含んでも星座が見える。野菜が溶け込んでいるからかな……と思ったけど、母さんに聞いてみたところ、真相は違うみたいだ。


「シチューってさ、具以外はどうやって作ってる?」


「ん~……具なしだと、単に牛乳と小麦粉を煮る感じになるかしら」


「へぇ!」


「テンション高いわね……」


 つまり、具なしで口に含んだ時に見えるのは、小麦粉の影響だろう。麦も植物だし。

 ってことは、野菜をすくって星座が色々見えてたけど、それは小麦粉の分も見えていたってことかもしれない。

 よくよく見返してみると、星座の見え具合は一様じゃない。ぼんやり見えるのもあれば、くっきり見えるやつもある。

 たぶん、口に含んだ時の……存在感の大きさかなんかだろう。シチューの小麦粉由来っぽい星座は、奥まった背景の賑やかしっぽく見える。

 後、肉はいくら口に含んでも、星座らしきものは見えなかった。肉にまとわりついていたシチュー分以外には、何も。


 そうして観察を続ける内に、気づけばシチューが底をついていた。


「おかわりある?」


「はいはい」


 母さんが微笑み、俺の皿を手に取った。



 自分が授かったご加護【植物のことがよくわかる能力】への印象は、夕食一回で大きく変わった。

 使い道があるのかどうかはともかくとして、結構面白いかもしれない。

 少なくとも、好奇心とかを刺激される感じはある。


 翌朝、目覚めた俺は家を出て、まっすぐある店へと向かった。

 街で唯一の錬金屋だ。


 朝早くでも、俺たちの街は出歩く人が多い。他の街がどうかは知らないけど……

 この、それなりにある人通りが、今の俺には少しアレだった。都合が悪いというか、気を遣うというか。

 より正確に言うと、出くわした人に気を遣われるかもしれなくて、それがなんとなく嫌というか。


 だから俺は、何食わぬ顔でスタスタと歩いていった。

 幸か不幸か、特に何事もなく目的の店についた。街の中心近く、商店街の一角にたたずむ、こじんまりとした店だ。

 この錬金屋では、もちろん錬金術をやってるんだけど、別にヤバくてハードなクスリはやってない。主力商品はキズぐすりで、他には腰痛関係のクスリが売れてるってぐらいだと、店主のジイさんから聞いたことがある。


「おじゃまー」


 いつものノリで店に入ってみると、整然と片付けられた棚の上に、よくわからん草やら鉱石やら薬瓶やらが並んでいる。

 ジイさん曰く、「売れなくても気分を出すため」とかなんとか。

 実際、こういう意味不明な商品を置いてない殺風景な店だったら、それはそれで色々と不安になるところだ。

 わけわからんものを取り扱ってるからこそ、専門家への敬意が芽生えるみたいな。


 そんな店を切り盛りするジイさんは、この島でも有数の知識人でもある。確か、60いったぐらいだったと思う。短い白髪に分厚い眼鏡。姿勢の良い細身の長身を白衣で包んでいる。

 入店した俺に、ジイさんは開口一番、昨日のことについて触れてきた。


「聞いたぞ、ハル。ご加護が、植物のなんやかんやなんだって?」


「なんやかんやって何だよ」


「知らんわ」


 たぶん、色々と知っているくせに、いい加減なことを言ってるんだ。

 俺の見立ては当たっていたらしく、ジイさんが先に話をつないでくる。


「大方、その件の絡みでウチへ来たんだろ?」


「まーね」


「そういうことなら、手を貸してやらんでもないな」


 なんとなく、恩着せがましい感じの言葉遣いではあるけど、どことなく嬉しそうでもある。

 そんなジイさんは、しばらく俺の方をしげしげと見つめてきた後、立ち上がって棚の方に手を伸ばした。本がギッシリ詰まっている棚だ。背表紙を見る限り同じ本が多く、売り物っぽくも見える。


「ホレ、これをやろう」


 そうして手渡された本は、この島の植生に関する本だった。

 偉大なる入植者たち――つまり俺たちのご先祖さまたちが、時には腹を痛めながらも調査してきた様々な植物が、この本に載っているのだという。


「まぁ、調べ尽くしたってわけでもないだろうが。それに、調べた全てが載ってるわけでもない。ちょいと、表紙を見てみ」


「ん?」


 言われて見てみると、「入門者向け」とあった。


「その本には、ド素人でも識別しやすいのが載っとる。載っとらんのには触れん事だ」


「なるほどねぇ……」


 薬草や山菜取りをやってる人たちも、最初はこういった初心者向けの本から始めていったんだろう。

 改めてパラリとめくってみると、とりあえず、食えるかどうかの情報も載っていた。

 今の俺にとっては、いちばん重要な項目だ。


「ありがと、ジイさん。助かったよ」


「……ん? 他に用件があったんじゃ」


「ん?」


「いや……」


 そこで俺は、ジイさんの視線を追って店内を見回した。

 あ~、なるほど。調合器具とかか。俺が、こっち目当てでやってきたと思っていたのかも。


「調合も教えてくれるって?」


「ウ~ン……そのつもりがなかったなら、別にいいか。教えるのは面倒だしな」


 他に客がいないジイさんが、なんともものぐさなことを口にする。

 とはいえ、本をタダでもらったわけで、これ以上せびるのは図々しいな。


「じゃ、調合も教えたくなるように、なってやろうじゃねーの」


「ほほ~う。ま、無理はせんこった。手当の方は、しっかり金を取るからな」


 島の医療の一端――というか、大部分――を担うジイさんは、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

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