第3話 人生を変える儀式
俺たちの島にも、魔法を使える人っていうのは何人かいる。
でも、魔法が使えるぐらいの人になると、みんな島を出ていってしまうらしい。島に残っているのは、魔法を
酒をぶちまけて盛大なキャンプファイヤーをやっているところへ、島でも貴重な魔法使いの人たちが、魔法で水を浴びせていく。
俺みたいに魔法を使えない、島民の大多数から見れば、魔法を使えるってだけで大したもんだと思う。
とはいえ、島の魔法使いのみなさんは、そこまで魔法に入れ込んでるわけでもない。火の勢いもあって、鎮火は結構大変だ。
ただ、今日は年一回の狩りという大仕事を終えたばかり。狩りに関わった大人の大半は、そのために仕事を空けてきているってことで、後始末はノンビリしたものだ。
火を消し止めるはずの人たちも、いつしか雑談に混ざりつつ、それを誰も
火が完全に消えると、そこには焼け焦げた
小型の魔獣であれば、倒した時に完全に消失してしまうんだけど、大型の魔獣はそうでもない傾向にあるって聞いたことがある。確かな実体がないと、身体を維持しきれないとかで。
で、翼竜には体を支える実体として、立派な骨がある。狩りの成果
でも、一番重要な戦果は、すでにいただいて俺たちの中にある。
翼竜の骨については、回収はまた明日。儀式的にも、一夜を置いてまずは山の神さまにご覧頂くのが正統らしいし……
俺たちには、待ちに待った一大イベントがある。
「んじゃ、帰るか」
「うっす」
隊長さんの声かけで、俺たちは腰を上げて下山を始めた。こんなところで転んで悲惨な笑い話にならないよう慎重に、それでもみんな、どことなく軽やかに。
山を降りて少し歩き、ちょっとした林を抜けて、また少し歩き――
島唯一の街についた頃には、日が暮れかけていた。あたりがほんのりオレンジ色に染まっている。
街の入口では、見知った顔の大勢が俺たちを出迎えてくれた。あんまり心配されていないらしくて、俺よりも年下の子なんかは、さっそく興味津々の顔で話をせがんでくるぐらいだ。
ただ、積もる話は少しおいといて、まずは行くべきところがある。
石造りの建物と木造の建物が入り交じる、見慣れた俺たちの街の中心に、
今から用事があるのは教会の方で、俺たちはぞろぞろと中に入っていく。
中ではすでに、大勢の島民が待ち受けていた。他の建物と比べてかなり大きく作ってある教会だけど、全員が座りきれるようなものじゃない。だから、長椅子に収まらない
上を見れば、キャットウォークも埋まっていて、幼なじみや親の仕事のお得意さんたちが手を振ってくる。
そんな大盛況ぶりだけど、整然と並ぶ長椅子の最前列だけはしっかりと空いている。
俺たち主賓のためだ。
これから儀式を受ける俺たちが、その最前列の席へと近づくと、教会内が自然と静かになっていく。
そこで
「では、5人とも。しっかりな」
実際には、「しっかり」と言われても、ここまで来ると俺たちにできることなんて何もない。
俺たちの今までを、どう見られているか。それがわかるだけなんだから。
だから……たぶん、「あまり浮かれてみっともないところを見せるな」ぐらいの念押しだと思う。
故郷のみんなと、神さまの前で。
「はい」
俺たちを代表し、リーダーのライナスが答えた。わずかに赤みがかった金髪はサラサラで、顔もイケているというモテ野郎だ。
最前列に5人で着席すると、中央の祭壇の傍らに、司祭様がゆっくりと歩いてこられた。確か60手前ぐらいで、白髪がフッサフサだけど、お歳の割に背筋がシャキッとした方だ。見ているとこちらも、なんかシャキッとしないといけない気になる。
それで、司祭様はなんていうか……いわゆる名士なのだと思う。島長に次ぐか、もしかするとそれ以上の権威がある感じだ。
でも、そういうお立場の割に、偉そうなところは全く無い。島長もそうだけど、すごく親しみが持てるお方だ。
自然と静まり返った中、厳かな雰囲気はあるんだけど、司祭様はあくまで柔らかな口調で俺たちに話しかけてこられた。
「では、最初に誰から始めましょうか。気持ちの整理がついた子からどうぞ」
儀式の順番をこちらに委ねてくださるあたりは、本当に融通がきくというか……なんとなく、後の方がいいなと思っていると、「はい、はいはいはい!」と手と声が挙がった。お調子者のマーカスだ。
すかさず、その横にいるイリアが「『はい』は一回でいいって」と、司祭様に代わって
一応は神聖な儀式と聞いているけど……そこまでのものでもないのかもしれない。相変わらず司祭様はゆったりした感じで、にこやかにしておられる。
「マーカス、君はいつも元気がよろしい。物怖じしない君を気に入る神は、引きも切らないことでしょう」
物怖じがないというか、遠慮がないというか……ともあれ、司祭様にお褒めいただいて、あいつも満更じゃないらしい。どことなく誇らしげに、マーカスは祭壇の方へと進んでいった。
天上の世界には、いくつもの神々がいらっしゃる。
その中でも絶対的な序列が一つあって、天頂神ユーベリアさまを頂点に、その他の神々が天頂神の下にお仕えになっている。
この、天頂神以外の神々が、俺たち人間に時としてお導きやご加護を与えてくださる。
ただ、誰でもご加護を賜われるわけじゃない。魔獣を倒した際に体の中に取り込まれる、見えない力――《
そのため、神の導きを得ようというのなら、まずは自らの手で《源素》を蓄え、神のお導きを受けるに足ることを示さなければならない。
実際の儀式においては、対象者の過去を神々が判じるという話だ。お導きを与えてくださる神が定められると、その使徒に相応しい新たな力を、ご加護として賜ることになる。
これまでの自分に神々の評価が下るってわけで、さすがのマーカスも緊張した顔をしている。
ただ、緊張しているのはあいつだけじゃない。同じく儀式を受ける俺たちも、それどころか観客の方だって似たようなものだ。
そうした中にあって、司祭様は一人落ち着いていらっしゃる。
その落ち着きぶりに、あいつも気が楽になったように見えた。司祭様に「手を」と促され、マーカスが祭壇の方へと手を伸ばしていく。
祭壇には、立派な水晶の珠が、でーんと鎮座している。そこにあいつの手が触れると――少し薄暗い教会内に、まばゆい光が
思わず目を閉じてしまいそうになるけど、少し
いや、人影っていうか、神さまの影か?
実際に光が満ちたのは2、3秒ってところだった。
この短い間に、何か特別なことが起きたんだってのは、みんな感じている。静けさの中、空気がソワソワしているのが背中に伝わってくる。
そんな中、司祭様は「お導きがありました」と、やっぱり落ち着き払って仰った。
「マーカス、君には『草原を駆ける疾風、スークラット神』のお導きが下りました。【風の如き脚力】の加護が与えられることでしょう」
すると、満場の拍手が教会を包み込んだ。
……も~少し、こう、厳粛な儀式かと思っていたんだけど……
まぁいいかと思って、俺もみんなに混ざって、小さい頃からの友だちに拍手した。
みんなから祝福される当の本人はというと、「もっとハデな感じのが良かったんスけどね」なんて、ナマイキで罰当たりなことを言ってやがる。
でも、口先よりはずっと満足そうだ。
それに、この程度の生意気に、司祭様は目くじらを立てたりはなさらなかった。
「伝承によれば、スークラット神もまた、活力に溢れて口が減らない神だったとか。君のことは気に入ることでしょう。それでもお叱りを受けるようであれば、それは君が
目をかけてくださった神について言及しつつ、それとなく釘を差してこられた司祭様。マーカスが「気をつけます」といつもより真面目そうに応えると、教会内はちょっとした笑いに包まれた。
文字通り、後の人生に関わってくる儀式ではあるんだけど……神聖さとか厳かさとかは、一気にどこかへ飛んでしまった。
これはこれでいいかな、とは思うけども。
それでも形ばかりは整えつつ、儀式は進む。一人、また一人。伝承でもよく目にする神が目をかけ、幼なじみの女の子たちに、立派なご加護を授けてくださった。
――そうして残ったのは、俺とライナスの二人。ここまで来ると、どっちがシメを任されるかって話だけど……
「俺が先に行こうと思うんだけど」と、ライナスが話しかけてきた。
「別にいーけどさ……こーゆーのって、リーダーが締めるもんじゃないか?」
「いや、なんていうか……お前って一味違うからさ。最後に取っておいた方が、なんか面白いんじゃないかって」
「ふーん」
一味違うと言われて、別に自覚がないわけじゃない。俺たちのパーティーそのものが、大人たちからは色々と注目されてきたけど……
メンバーの単品で言えば、俺が一番、大人から目をかけられてきた――気がする。
実際、俺たちのリーダー、ライナスの目は間違っていなかった。一応、後ろを向いてみてみると、観客の大人たちも「なるほど」って感じの顔をしている。
まぁ、今日の翼竜殺しの策は、俺が言い出したものだったし。
司祭様も、これには異論がないようだ。4番目はライナスが行く流れに。
ただ……俺をちょっと持ち上げる感じで最後に回したライナスだけど、あいつもあいつで、注目の的ではあるんだよなぁ。
特に、同世代の女の子たちからは。
だから俺としては、むしろあいつの方が、なんかスゴイ神さまに目をつけられるんじゃないか……なんて、ちょっとした野次馬根性で期待していた。
静けさと緊張の中、ライナスの手が宝珠の上に。教会内が白い光に包み込まれ、その中にシルエットが浮かび上がる。
上半身裸で筋骨隆々とした、見るからに力に満ちる男性の姿が。
光が去った後、強い関心が寄せられる中、司祭様はやっぱりいつも通りの落ち着いた口調で仰った。
「ライナス、君には『無比なる
静けさに司祭様の言葉が染み渡った後……割れんばかりの歓声と拍手が教会に響き渡った。
クレアロスさまといえば、伝承でも見せ場だらけの神さまの一柱だ。天頂神以外の神は同列というのがタテマエだけど、人間――というか、神職ではないパンピーの――目線では、やっぱり憧れからくるランキングってもんはある。
そういう観点で、クレアロスさまは間違いなく相当上位の存在だ。
まぁ……もともとクレアロスさまのお眼鏡に
――なんて思いつつ、子どもの頃からの親友が、ものすごく強い神さまに認められたのは、素直に嬉しい。
自分の席へと、晴れやかな顔で戻ってきたライナスを、俺たちはハイタッチで迎えた。
さて、残るは俺の番だ。
「ライナスが最後の方が良かったんじゃないかな」と言うと、「そうかぁ?」と首をかしげられた。
「いや、クレアロスさまほどのインパクトは出ないって」
「ま、やってみないとわかんないだろ」
と、あくまでこいつは、俺に期待した様子だ。
ここまでみんな、名の知れた神さまに認められてきたことだし……シメっぽいインパクトを出そうとなると、よっぽど何かないと。
それこそ、誰も知らない神さまが出るとか。
そんな事を考えつつ、俺は祭壇を挟んで司祭様の前に立った。
これまで落ち着いた様子を崩さずにいらっしゃった司祭様は、今も見る者に安心感を与えてくださる
しっかし……いざ自分の番となると、それも儀式の締めくくりだと意識すると、どうしても緊張してくる。
水晶玉の前で一度深呼吸をすると、すっかり砕けた観客席から「しっかり~!」なんて声が。これに俺と司祭様は少し苦笑いした。
でも、おかげで少し気が楽になったかもしれない。鼻から小さく息を出し、俺は水晶玉に手を伸ばした。
手をかざすと、指先に甘い痺れを感じた。水晶から白い光が溢れて辺りを染め上げ、その中に黒い人影が浮かび上がる――
パッと見、女性っぽい感じだった。ロングヘアで、ゆったりした服に身を包み……
気になるのは、その姿勢。友だちにご加護をくださった神さまは、影からも堂々とした佇まいのように感じられた。
でも、俺に目をかけてくださっている、こちらの――たぶん女神様は、どことなく縮こまっているような……?
そんな事を思っている内に白い光が過ぎ去り、目の前に教会が戻ってきた。
ただ……司祭様の様子が、少しおかしいような気がする。今までは穏やかで優しくも、粛々と儀式を進めておられたけど、今は何かためらいのようなものを感じられる。
そうした司祭様の様子と、先ほど目にした神さまの像が、俺の中で何とも言えない不安のようなものになって渦巻いていく。
やがて、司祭様は、普段どおりの口調で結果をお告げになった。
「ハルベール、君には『リーネリア神』のお導きが下りました。【植物のことがよくわかる能力】の加護が与えられることでしょう」
聞いたこともない神様の名前、それに、授かったという能力が――
あんまりにも地味に感じられて、俺は頭の中が真っ白になった。
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