第2話 山頂の聖火

 毎年のようにやってくるということもあって、あの翼竜ワイバーンの手の内は知れている。

 その翼にまとわりつく、なんとも邪悪な黒いモヤモヤの存在は、この戦闘が第二段階に入ったという合図だ。すかさず隊長が声を上げる。


「よし、陸戦準備! 散開!」


 言うが早いか、俺は弓を背負い直し、腰から小ぶりの剣を抜き放った。今なお止まない聖火の釜を遠巻きに囲うように、素早く移動していく。

 こうして次への待ちの態勢に移行した俺たちの前で、ヤツは邪気みなぎる翼を、下へ叩きつけるように打ち付けた。宙を塗り潰さんばかりの真っ黒な風が、上空から吹きつけて山頂へ。

 翼を離れたその黒い邪気は、いくつかに分かれて散り散りになっていく。高度を落として俺たちへと近づくほどに、何かの獣らしき形を成していき――

 その先に、お神酒燃え盛る火葬場がある。


 身を結んだばかりの黒い影は、産み落とされると同時に聖なる炎に焼かれ、メチャクチャ聞き苦しい悲鳴の大合唱を上げ始めた。

 別に、アレらはあの翼竜のお子さんってわけじゃない。あーやって産み落とされた黒い怪物の中には、野犬みたいなのもいれば猪っぽいのもいる。

 共通点は、どいつもこいつも凶悪そうな見た目ってぐらいか。


 前に島にやってきて、この狩りを――ドン引きしながら――見学した学者先生によれば、アレは一種の使い魔ファミリアというやつらしい。

 人間の場合は魔法を用いて、そういう使い魔を出したり操ったりする。一方で、この翼竜みたいな大型・高位の魔獣は、もっと本能的な形で眷属けんぞくってのを使役できるんだとか。

 で……せっかくのお供が、出てくるなり焼かれてるってわけだ。


 かろうじて火元の端に生まれ落ちた奴もいるけど、俺たちの喉元にその牙を突き立てる前に、矢で射られて死ぬか斬られて死ぬか。何の役目も果たせず散っていく。

 いや、まったくの役立たずってことはない。これでも俺たちの血肉にはなるんだし。


 俺の前にも、ちょうどそんな獲物がやってきた。身を結ぶ前に、お神酒の炎をそこそこ取り込んでしまったらしい。今も内から生じる炎に焼かれている、見るからに不安定な黒い狂犬だ。

 足をふらつかせながらも迫り来るそいつが、渾身の力で飛び掛かってくる。

 そいつを俺は、構えた剣で軽く薙ぎ払った。感触は軽い。首から先を横にスッと裂かれた黒い犬が、音を立てて地に落ちて伏し、黒いかすみに変わっていって――


 やがて色を失った霞が、俺の中へと流れ込む。

 戦いの経験、貢献の証だ。


 上空では今も、黒い翼をはためかせ、翼竜が眷属づくりに専念している。

 でも、いくらやっても、結局はこうして俺たちへの贈り物にしかならない。

 それに、手駒を作り出すのも力を使ってしまうものらしい。翼竜はムキになりながらも羽ばたき続けるけど、その様はどんどん弱々しいものになっていく。


 徐々に高度を落としていくヤツは、やがてまともに手下を従えることもできなくなり――ついには、未だ勢いあるお神酒の炎に絡みつかれた。

 こうなっては、もはや逃れることもできない。再び空に舞い上がる力があれば、そもそも落ちなかっただろう。

 それでも身をよじる翼竜だけど、その動きで余計な風が起こり、空気の流れが火勢を増すばかりだ。はっきり言って、自滅にしかならない。


 緊張の糸が切れたわけじゃないけど、ここから挽回はされないだろう。場の空気がフッと緩む。

 こうして後は沈静化を待つばかりとなった頃、漁師のオジさんが口を開いた。


「誰のアイデアだっけか、コレ」


「ワインの火攻めのことか? 確か、ハルじゃね?」


「そーですけど」


 答えた俺に、オジさんのヒゲ面がなんとも言えない笑顔になっていく。


「まったく、すさまじいこと考えるもんだぜ。さすがにこうなると、やっこさんもかわいそうに見えるな」


「だからって、やめる気はしない。だろ?」


 酒屋の兄ちゃん――この戦いのおかげで、結構儲かってる一人――がイイ笑顔で言うと、オジさんもガハハと笑った。


「そりゃな! 楽して安全に勝てるんなら、それが一番ってもんよ」


 再び笑い出すオジさんに合わせ、島の大人連中が一緒に豪快な笑い声を上げる。


 実際、こういう手口を使うようになったおかげで、年一回の大物退治でのケガ人が目に見えて減ったそうだ。昔は骨の二、三本は覚悟してたって話だけど。

 それに比べれば、このお神酒作戦は優秀だ。悪いところは、事前の仕込みが重労働になるところ。お神酒を死ぬほど使うおかげで、酒に弱い人が悪酔いするところもマイナスか。斜面で転んでスリ傷ってのも、たまに起きる。

 それでも、戦闘での負傷よりはずっとマシだろうけど。

 後は……炎の中の黒い影が、なんとも恨みがましい悲鳴を上げてくることぐらいか。


――まぁ、実際、発案者としては……ちょっとアレかな~とは思う。残酷とゆーか、なんとゆーか。


 生きながら身を焼かれる翼竜が放つ、小さくなってくる悲鳴から、そろそろ限界が近いのがわかる。

 頃合いを見計らって、隊長が満足そうな笑みで声を上げた。


「よし、儀式に出る若いの、集合!」


 言われて歩み出たのは、俺を含めて5人。男子3人、女子2人のこの"パーティー"で、しょっちゅうつるんでは狩りや探検に出て……

 もちろん、こういう大仕事も一緒にやってきた。

 俺たちを前に、ニコニコ顔の隊長が続けて言った。


「じゃ、炎の前で整列。焼かれないようにな」


「ったりめーっスよ」


「ははは」


 待ち望んでいたせっかくのハレの日だってのに、そんなマヌケなことになっては目も当てられない。言われた通り、俺たちは山頂の炎から少し離れ、釜の縁に立って整列し……

 翼竜が最期に残した弱々しい断末魔の後、青白い炎の奥から俺たちへ、見えない力の風が流れ込んでくる。


 魔獣から流れ込む、目に見えないコレ・・は、今回みたいな大物の時は格別だ。

 この感覚を表現するのは難しいけど……なんというか、いわゆる精がつくものを食った時みたいな感じがある。肉とニンニクをガッツリ食った時みたく、すぐにスゴい力が出るわけじゃないけど、なんか元気になった気がする、みたいな。

 それにしても、5人で山分けしてもこの分量。生半可な魔獣とはマジで桁が違う。


――こうして今まで蓄えてきた力が、今日の儀式で実を結ぶことになるっていうんだから、今から胸の高鳴りが収まらない。


 いつものメンバー同士で顔を合わせ、俺たちは言葉を交わさずともニヤニヤと顔を綻ばせた。

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