勇者さまは草食系 ~俺が授かった【植物のことがよくわかる能力】という超ビミョーなご加護の真価を、俺たちはやっぱりよくわかっていない~

紀之貫

第1章

第1話 年中行事は竜退治

 俺たちの島では、秋ごろになると年で一番強い風が吹く。今日がその日だ。ちょくちょく突風が起きて、山肌を一気に駆け上がり、赤茶けた砂を巻き上げていく。

 空を見上げると、雲の流れもいつもよりずっと速い。きっと上の方でもすごい風が吹いているんだろう。

 そんな風が運ぶ匂いか何かに引き寄せられて、島で一番高いこの山に、毎年みたいにでっかい客がやってくる。


 黒々とした邪悪な気配を漂わせる翼竜ワイバーンだ。


 9月4日。今日も例年通りに翼竜がやってきた。普段どこにお住まいなのか知らんけど、空の彼方に黒い影が見える。

 同一個体でもないのに、毎年律儀にやってくるのは結構不思議だ。前に島へやってきた学者の先生によれば、一種の"渡り"みたいなものかもって話だけど。


 徐々に近づいてくるそいつを迎え討つため、こちらはこちらで準備万端だ。やはり例年通り、島の最高峰でお出迎えする。

 この山のてっぺんは、内側が広くて丸い凹地になっている。これも学者先生に教えてもらったんだけど、こういう地形をカルデラって言うらしい。

 このカルデラってやつが今日の狩り場で、あのデカブツの墓場ってわけだ。


 その時に備えて俺たち島民は、ヤツが来るのとは逆方向の斜面に身を潜めている。斜面ギリギリに体を伏せ、少しだけ頭を出して空を確認。

 程よい緊張感の中、ドキドキワクワクするような高揚感もある。そういう気持ちは、みんな共通だと思う。特に仲がいい同世代の仲間だけじゃなくって、この場には下は確か12歳、上は50ぐらいの人までいるけど……

 敵襲に備えるって言うより、待望の獲物を待ち構えているって感じだ。


 あるいは、この後・・・の事に気が向いているのかもしれない。


 俺のすぐ近くにいる肉屋のおじさんが、ちょうどその件について触れた。


「これが終わったら、あの儀式か……早いもんだよな、まったく」


 続いて、逆サイドにいる島役場のお姉さんが、俺に問いかけてくる。


「ハルくん、今いくつだっけ?」


「17です」


「やっぱ早ぇな。末恐ろしいわ」


「ま、ハルくんたちの世代、島としては将来有望で頼もしいですよ」


「まったくだな」


 と、戦いが終わる前から褒めそやされて、少しムズ痒い。でも、期待されてるのは悪くない……っていうか、素直に言うと結構嬉しい。

 一緒に"儀式"を受けるみんなも、きっと同じ気持ちだろう。


 この会話がきっかけになって、お客さんが到着するまでの間、ちょっとした雑談の流れになった。

「やっぱちょっと、匂うね」と、石工のお兄さんのつぶやきで、みんなの視線がカルデラの中央に。


 そこには木と布で作ったヒツジが用意してある。香草だの獣脂だので、布にたっぷり香りづけしてあるやつだ。この香りであの翼竜をおびき寄せてるらしい。

 もはや年中行事みたいになっている翼竜狩りの中で、あのヒツジは儀式的な意味合いもあるとかナントカ。早い話がイケニエ代わりみたいなものらしい。

 儀式の供物にしちゃ、毛を結ったり顔をあつらえたり、ずいぶんと可愛らしく……ちょっとおふざけ気味に作ってはあるんだけど。

 ともあれ、ご先祖様がこの島にたどりついてから200年ぐらい、ずっとこういうやり方をしてきているって話だ。


 そんで――数年前に俺が提案して、狩りにひと工夫が加わっている。


「へい! そろそろやっこさんがいらっしゃるぞ。弓の準備!」


 島長しまおさの息子さんが朗々と声を上げ、俺たちに戦闘態勢を促した。普段は紳士的なオジさんだけど、狩りの時は「血が騒ぐ」って話で、こんな感じだ。

 隊長の一声で雑談がスッと静まり、空気が引き締まる。背負った弓に矢をつがえ、斜面に身を預けながら、俺たちはその時を待った。


 空に目を向けると、黒い影が見る間に近づいてくる。

 こんな奴を野放しにしたのでは、家畜がいくらあっても足りなくなってしまう。そういうわけで、ご先祖様が被害を食い止めるために討伐を始めたという話だけど……

 今となっては、完全に狩られる側だ。


 どこからともなくノコノコとやってきて、何も知らない我が物顔の翼竜が、ノンキに大きな翼で悠々と羽ばたいてやがる。

 そんな獲物に目を向ける俺たち島民には、適度に緊張しつつも、恐れ怖じたりはしない。

 ヤツが山のちょうど上にやってきて、その雄々しい巨体が大きな影を落としてきても。


 俺たち狩人が息を潜めてタイミングをうかがう中、翼竜は想定通りの行動に移った。悠然と羽ばたきながら高度を落とし、香り立つイケニエ(いや、生きてないけど)の方へ。

 巨大なかきづめにつかまれ、木製のヒツジは音を立てて壊れた。


――そこへ隊長の一声。


「今だ!」


 待ってましたとばかりに、俺たちは矢を放った。翼竜へ無数の矢が飛んでいく。

 この第一波は、かなり山なりになって降り注ぐ矢の雨だ。奇襲に泡を食って、耳をつんざく叫び声をあげる翼竜。

 こうして降り注ぐ矢の雨の中には、先端に火がついたものも混ざっていて――

 山頂に落ちるや、着火。凹地を覆い尽くすように、青白い炎が猛々しく全てを包み込んでいく。


 これが、俺が数年前に提案した策だ。

 普通の火じゃない。聖堂での儀礼で清めたワインを、山の神さまに捧げる勢いで、山頂に目いっぱいブチまけてある。

 全身に黒々とした悪しき力をまとわりつかせる翼竜は、地面から立ち昇る青白く聖なる炎に焼かれ、凄まじい絶叫を上げた。

 たぶん、耳を打つこの叫びがヤツの一番の――そして唯一の、まともな攻撃なんじゃないかとも思う。


 それからすぐさま、火元から離れようとする翼竜だけど、そう簡単に離陸はできない。なにしろ、ものすごい火勢で空気の流れがシッチャカメッチャカになっている。

 もっと言うと、火元にいるヤツの必死の羽ばたき自体、聖なる炎をあおり立ててもいるし……年一番の強風が新鮮な空気を送り込み、聖なる炎の勢いをさらに掻き立てる。


 飛びたてずにもがく奴へ、俺たちはもちろん、何の遠慮も容赦もなく矢を放っていく。経験上、この程度ではまだまだ倒せないとわかっているからだ。

 しばらくすると、飛び立とうという努力がどうにか実ったようだ。全身をお神酒の炎に焼かれながらも、ヤツはついに山頂のかまどから離脱した。


 再び俺たちに影を落とすその様は、確かに威圧的だけど……大きく広げた翼膜の一部に、矢の貫通痕があるのが哀愁を誘う。

 こうまでされては、俺たちに激しい怒りの矛先が向くのも、そりゃそうだろうって話だ。ヤツは長い首を上に掲げた。

 放っておくと、あの口から黒い吐息が放たれる。生身で受けると肌が焼けただれたようになるっていう、恐ろしい攻撃だ。


「ハル!」


 隊長が鋭く名を呼ぶその前から、俺は弓に矢を番えて上に向けていた。


 上空にいやがるあのデカブツは、首が厚いウロコでしっかり守られている。

 ただ、完全にガチガチにウロコで固めたんじゃ、きっと首が回らなくなってしまうのだと思う。だからか、守りがちょっと甘い部分もある。

 ご先祖さまたちから受け継いできた長~い歴史の中で、翼竜連中のそ~ゆ~弱点を、俺たちは良~く知っていた。腑分ふわけで覚えた解剖学ってやつだ。

 もちろん、知ってるからといって、狙って当たるかどうかは別問題だけど――

 俺なら当たる。


 伸ばした左腕を前に、弓は骨で支えてガッチリ構え、番えた矢じりをヤツの喉元へと狙い定める。足場は不安定な斜面だけど、今は気にならない。

 唯一の敵は、叩きつけてくるような年一番の強風。でも、吹きっぱなしってわけじゃない。途切れ途切れに風がやってくる。

 それに、風に煽られては、ヤツの方も俺たちに首を向けるのは難しい。お互い様ってところだ。


 その風の切れ目に、俺は先駆けて矢を放った。狙いすました矢が、心に思い描いた通りの線をなぞって飛んでいき、吸い込まれるようにヤツの喉元へ。ウロコが一応あるにはあるけど、ちょっと強度が弱い部位だ。

 そんな弱点に、俺の矢が深々と突き刺さった。多少の風では流されないようにと、弓の弦は結構硬めに張ってある。その威力をモロに受け、ヤツは悲痛にもだえて金切り声を響かせた。

 俺たちに吐こうとしたブレスも、結局は放たれずじまいだ。溜め込んだ力が、高らかに掲げた口の脇から漏れ出していく。


「よっしゃ!」「さっすが!」と、いろんな年齢層の仲間たちが口にしながら、ヤツへ矢の追撃を繰り出し続ける。

 敵が直上にいて、それもそれなりの距離が開いているということもあり、中々有効打には至らないけど。


 まだヤツがひるんでいる内に、俺は再び矢を放った。今度は敵の下あごと上あごを縫い付けるような一撃を。一発放って間髪入れず、先に射た首の根元への矢に追加の一発。

 顔の下から射抜く一撃に加え、首に刺さっていた矢が、さらに奥へと押し込まれる追撃。苦悶の叫びが宙に響き渡る。


 これでブレスは使えないはずだ。以前、同じような目に遭っても無理やりブレスを吐こうとした個体は、首回りがなんか勝手に爆ぜて、そのまま空中でくたばった。

 今回のは、もっと賢明な個体らしい。俺たちに顔を向けると、口の端で黒い炎を未練がましそうにチラチラと揺らめかせているけど、その気・・・がないのは直感でわかる。

 それで……すんでのところで邪魔されたブレスの代わりか、翼竜は両の翼いっぱいに黒い力を蓄え始めた。

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