第5話 隣の席

翌日の朝は騒々しかった昨日とは違い全員が担任である二階堂先生が来るまでに登校していた。


抵抗しても無駄なのだと昨日の一件で理解していたし、登校した所でこの教室にさえいれば何もしなくていいのだからサボる方が面倒なのだろう。


「今日は全員揃っているな。よし、昨日の続きを進めるぞ」


二階堂先生は黒板に向き直り昨日同様に一人舞台状態の授業を進めていく。

俺は退屈しのぎのノートを鞄から取り出し、続けて鞄に突っ込んだ手の感覚だけで筆箱を探す。右に左に動かし、小さなポケットの中まで漁るが獲物はヒットしない。


「あれ?」


鞄を机に乗せ中を覗き込む。筆箱が無い……。


「はぁ……」


やってしまった。しばらく学校に行っていなかったせいかたった二つの荷物もまともに持って来ることが出来ない自分が不甲斐なく切なく溜め息を吐く。まぁ、無くても問題は無いのだがなんとなく退屈なのだ。ただ座っている事、それがどれだけ辛いか昨日で十分に分かっていた。俺は再び鞄を机にかけノートだけを机に置き聞く姿勢を取る。仕方がない、今日も五分おきに時計を確認しながら聞くだけの授業を受けるかと、そう腹をくくった時だった。


「ねぇ、もしかしてシャーペン忘れたんじゃない?」


左腕をペンでツンツンと突かれ、声の方へ顔を向ける。


ガラス玉のように輝く淡い赤銅色を帯びた瞳、練乳のような白い肌には顔のパーツが寸分の狂いも許さぬよう配置され、髪は一本一本がシルクで出来ているのではないかという具合にさらさら。声の主、それはまさに美少女としか表現できないものだった。俺の左隣、窓際の席に座る彼女は太陽光を浴びより一層煌めく髪を揺らしながら淡い桜色をした唇を動かす。


「良かったらこれ使って」


俺の返答を聞かず左隣のそいつは俺の机の上にペンを置く。


「いや、いいよ」


断ったのは遠慮ではない。このクラスの誰かと、誰とも仲良くしたくなかったからだ。学校で友達を作る事がどんなに自分を苦しめる事になるかそれを知っているから断ったのだ。こんな風に話し始めて普通なら仲良くなっていくのかもしれない、だが少しでもその可能性があるならそんな可能性綺麗さっぱり失くさなくてはいけない。


「良いから、良いから。私はまだこんなに持ってるからね。じゃーん!!」


しかし能天気なそいつはこっちの気など知る由も無く、誇らしげに胸を反りながらシャーペンやら赤やらオレンジやらピンクやら緑のカラフルなペンを扇子のように広げて見せる。


「そっか、悪いな」


仕方なく俺はそいつのシャーペンを受け取る事にした。こりゃ、断る方が時間かかりそうだしな。


「全然気にしないで!今日一日使って良いからね」


そういえばここに来て初めてだな、誰かと喋ったの。というかこいつは本当に不登校だったのか?派手な見てくれと言い、この明るい立ち振る舞い。不審には思ったが俺は借りたシャーペンで黒板の板書をする事で気を紛らわした。これ以上他人に興味など持たないように。


「これ、ありがとな。おかげで助かったよ」


その日全ての授業が終わり俺はシャーペンを返却する。特に変な事を言ったつもりは無いのだがそいつは、大きな目をより一層見開き嬉しそうな、しかしどこか戸惑ったような表情を浮かべる。


「どうかしたのか?」

「あっ、あのね、こんな事言って良いのか分かんないんだけどあなたってあんまり不登校っぽくないわね」


髪を揺らしながら微笑を浮かべ桜色の口元を握った手で隠す。


「何だよ、それ」


俺から言わせてもらえばお前の方がらしくない。こんな教室で自分から他人に話しかけたりするし、第一その容姿はなんだ。そんな容姿で生まれてきて尚不登校になるほどの悩みが出来るってんならそれはもうお前のわがままなんじゃないか?とは言えず……。


「あなた、ちゃんとお礼も言えるしね」


琥珀色の瞳で俺を見つめからかうように言うが


「そんなの普通の事だろ……」


俺は呆れつつ嘆息する。


「まぁ確かにね。でも普通のことを普通に出来るって素敵じゃない!きっとね、そんな人たちばかりだったら私は不登校にはなってなかったと思う。だからね、あなたみたいにこんな事でも普通にお礼が言える人はもっと自信を持って生きて良いと思うわ!」


シャーペンのお礼くらいで随分大袈裟な言い分な気もするが夜空に散った星たちが詰め込まれたように輝く瞳は真剣そのものだった。


「そりゃどうも。まぁ、俺も普通が凄いってのは賛成だな。俺の人生はなんて平凡だ、なんて辛そうな顔して言うやつもいるが平凡である事、普通である事がどれだけ幸せか分かってないんだ。だから、普通の事を褒められるあんたも十分素敵だと思うぞ」


妙な会話だったと思う。思わずそう返してしまったのは無意識だったし、自分でも何を言ってるのか分からなくなっていた。というか恥ずかしくなってきた。一気に耳が、頬が紅潮していくのを感じた。


だが、そいつは嬉しそうに満開の桜のような眩いばかりの笑顔を浮かべた。

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