第4話 遅刻
時計が九時丁度を示すのとそれはほとんど同時だった。教室の戸口を開き女性教諭が入ってくる、昨日と変わらず氷の女王のように冷たいオーラを身に纏いその目は俺達にはまるで興味がないのだとそう言いたげだった。別に取って食おうなどと思っている訳でもないだろうに、途端に教室内には緊張が走る。物音一つ立てるのも躊躇われるようなそんな重々しい空気に思わず生唾を呑む。
本来ならそこから授業開始とでもなるのだろうが、しかしこの時点でクラスの座席は半分も埋まっていなかった。まぁ、予想はしていたのだが。自分から望んで来た訳でもないやつらが環境の変化くらいで、その程度で登校出来るはずもない。
「やはりな」
小さく呟くと教卓に手を着き、吸い込まれそうなほどに黒い瞳の中心に俺たちをしっかり捉えながら話し始める。
「もしかしたら君たちの中にも今日登校を拒否しようと考えた生徒がいるかも知れないが、君たちは素直に登校してきて正解だよ」
あくまでこれも予想の範疇なのだろう。ニヤリと不敵に口の端で笑うとスマホを取り出し電話を掛ける。
「私だ、あぁ、半分も登校してないな。よろしく頼む」
用件だけ伝え通話が終わると間もなく放送が流れた。
「寮にいる生徒の諸君は速やかに登校しなさい。このまま登校を拒否すれば十分後に実力行使に出る事になる。以上」
恐らく教室内にも放送を流したのは今後俺達にも登校拒否をさせないためだろう。放送が終わり数分後には諦めた表情で残りの生徒が登校してくる。
が、しかしこの放送も効果が絶大だったとは言えないだろう。静かな教室内には尚も寂しげに空席が一つ。そして時刻は放送開始から十分が過ぎた。
しばらく静かな時間が過ぎたが、廊下から男の声が響き声の方へと視線を向ける。
「くっ……離せ!離しやがれ!!」
体格の良いその男は大きく腕を振り抵抗するも数人に取り押さえられながら教室へと荒々しく投げ込まれた。
その勢いのまま床に倒れた男は眉間に幾重にも皺を寄せ、歯を剥き出しにして女性教諭を睨む。しかし、そんな男の威嚇程度では怯むはずがない。涼しい顔のまま胸元まで伸びた綺麗な黒髪を払い
「君の席はそこじゃないだろ。早く座れ」
「……ちっ」
男は諦めたのか或いは萎縮したのか小さく舌打ちをすると服を払い空いていた席に座った。
「勘違いしているようだが、君たちの意思は関係ないんだよ。毎日この学校へ通う事は拒否権のない命令なんだ」
抑揚の無い声に背筋をゾクッと寒気が走る。ここでは、拒否も逃亡も許されない。全ては受け入れるしかないのだ。
全員が揃った教室は堅苦しく妙な緊張感が漂っていたが、女性教諭が口火を切る。
「まずは私の自己紹介でもしよう。私は
名前と担任である事が分かっただけの短い自己紹介を終えると、お楽しみの質問タイムも無ければ俺達生徒の自己紹介時間も無く、通常の授業が開始された。
まぁ、生徒の自己紹介時間は無くて正解だな。俺を含めここにいる連中が初対面の複数人に向かって好きな物やら特技、趣味を話せるとは思えんからな。
淡々と進むその授業は、生徒を指名して黒板の問題を解かせることもなければ、机に顔を伏せて果たして寝ているのか寝たふりなのかは不明だがそんな生徒を注意することも無く進む。
そんな訳で、退屈そうに窓の外に打ち付けられたコンクーリートの壁を見るやつ、誰も通ることは無い静かな廊下を見つめるやつ、なんとなく授業をきいているやつ、そんな風にこの教室にいる事だけは強制させられ、しかし各自自由に過ごすのだった。
昨日はいろいろあって早く寝てしまったせいか普段ならこんな授業など睡眠を促す速攻魔法でしかないのだが今日の俺には無効なようで俺はなんとなく外の風景でも眺めるようにただただ無気力に授業を聞いていた。こんな事なら寮に用意されていた筆記用具とノートくらい持ってこれば良かった、退屈でしょうがない。
「はぁ……」
あまりの退屈さに嘆息しつつ、明日は筆記用具を持って来ようと決めた。どうせ、明日もここへ登校する事は拒否権など無い、揺るぎない決定事項なのだから。
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