第3話 寮

 まさに激動の登校初日。そんな表現がぴったりだろう。全員が漏れなく不登校、久しぶりの学生生活の幕開けがこんなのでは体を襲う疲労感は尋常ではない。


「はぁぁぁぁ……」


思わずとびっきり長い溜め息が口から漏れ出る。


しかし、体の疲れ以上に厄介なのが心の疲労だ。全身を弱々しくたつ足元から徐々に侵食していく。このままじっとしていては数分でいや、数十秒で全身を食い尽くされるだろう。そんな危険を感じながら力なく踏み出す足で俺はようやく寮へとたどり着いた。

 

この寮を含む敷地内の全ての建物は今回のプロジェクトのために新設されたものらしく、俺達には勿体ないくらいの設備が用意されていた。寮は一階が談話室などの共同スペースになっており二階より上のフロアはワンルームマンションのような設計になっている。


しかしまぁ、こんな談話室など設けたところで不登校の集団である俺達が利用するはずもないだろうに。せいぜいこの談話室に出るのはもったいないお化けくらいなもんだ。


各自の部屋はといえば、家具家電、その他生活に必要な物は全て揃えられており、新生活を送るにはこれ以上ない設備だった。俺は制服のままベッドに大の字になって倒れ込む。あの女性教諭――ほんとに教職員かも怪しいが、やつの言っていた言葉は自らの意思でここに来た俺にとっても衝撃的だった。しかし、自分でも不思議な事にここを逃げ出そうとか死が怖いなんて感情は今更湧かなかった。


そんな事を考えながらそのまま横になっていた俺は、玄関をノックされ起き上がる。玄関を開けると配膳係と思しき人物が晩御飯を持って来ていた。晩御飯の受け取りと同時に配膳システムの説明を受ける。どうやらここにいる間は毎日こうやって三食届けてくれるらしい。ちなみに、玄関の横には無人の受け取り口があり、次からは時間になるとここに置いてくれるのだとか。あの女性教諭にも驚いたがそれと同じくらいこの何一つ不自由がない生活に驚かされる。


栄養バランスもしっかりと考えられたメニューの食事を済ませ一階にある食器の返却口へと向かう。すでに何名かの食器が返却されていたが見る限り俺と同様に完食しているのは一人だけだった。


部屋に戻りシャワーを浴びた俺はすぐに眠れそうにも無く、ジャージのまま外に出た。

あの女が言っていた通り外には見上げるほど高い外壁がそびえ立っていた。冷たく立ちはだかるコンクリートの壁を見て、どれだけ設備が整っていようがここは間違いなく脱出不可能な鳥かごの中だと感じる。


外壁に沿って少し歩くが特に面白い光景も無い。誰を照らすこともない外灯は等間隔に存在しているがそれを必要とさせないくらいに空に散りばめられた星が眩くきらきらと輝いていた。

目に見えるその距離は計り知れないくらい遠いのに何故か手を伸ばせば届きそうで無意識に空へ手をかざしてしまう。しかし、煌めく星の背景は一転してまさに漆黒、こんな風に一人で空を見つめているとちっぽけな自分の存在など跡形も無く呑み込んでしまいそうにも感じて、振り上げた手を降ろした。


翌日の朝は寮内に備え付けのスピーカーから起床を知らせるチャイムが鳴り問答無用で叩き起こされた。俺はここまで来てサボろうとも思わず朝食を食べ終わると制服に着替え、すぐに教室へと向かった。


昨日は適当に座った座席だが登校すると黒板には座席表が貼られており、確認すると俺の席は一番後ろの窓際から二番目だった。クラス内に友人がいる訳でもないし、ましてや今後出来る訳でもないのだから席なんてどうでも良かったが、決められている以上それに従い席に向かう。俺が教室に入った時点で既に数名の生徒が登校していたが皆一様に沈黙。俺もそれに倣い静かに読書をして時間を潰すことにした。

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