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山岳都市メイディオスと炎術師についてのはしがき
アンブロシア・アードベッグ
以前の戦争から三十年が経ち、近年我が独立都市国家メイディオスはかつて争った東の隣国シラクスとの関係正常化を急速に推し進めております。
その取り組みの代表例として挙げられるのは、『小麦の輸入比率における依存防止法』。通称『八・二法』の緩和です。これは文字通り、メイディオス全体として、小麦の輸入重量の総量でシラクス産のものが二割を超えてはいけないという法であり、現代の関係においてはおよそ実情にそぐわない法として度々議論されていました。
しかし今期の評定議会でその数値が見直され、およそ六対四と更新される見通しです。
これにより農業大国であるシラクスとの関係改善を見込め、メイディオスは更なる利益追求を目指す事が出来る、と議会は喧伝しています。
さてこのシラクスと対立し、現在は大陸西側を包括した相互防衛条約の盟主国たるポーレ、この二大国に挟まれた窪地でメイディオスは実に数奇な歴史を辿り建国されました。
まず初めに。大陸全土に跨った旧帝国シラシアの領土を東西に二分する山脈の盆地で交易拠点として栄えたこの街は、約四百年前に帝政が滅びた『大崩壊』以降も国際社会においては一定の地位を維持しており、幾度かの戦火に焼かれながらもその度に復興を果たしてきました。
その戦火のうち一つが、先に述べた四十年前の戦争。まだシラクス側が『人ならざる人』の駆逐を標榜して大陸東側に支配域を広げていた頃、西側への要衝であったセレコ峠を抱えるメイディオスに宣戦を布告。魔法とその影響下にある人々を排斥する『法典』の力を頼りに峠を越えてメイディオス市街地まで迫りました。
しかし各地で戦闘、略奪、虐殺を繰り返しながらいよいよ『法典』を市内に持ち込もうとした頃、命の危機に瀕することで魔法の発露を起こした市民たちによる想定外の反撃を受けてシラクス軍は撤退に追い込ました。
その後、ポーレ軍の増援が到着したのもあり最終的に今の国境線に沿って緩衝地帯を形成する事で合意、停戦となります。
ここからが本題。この魔法、ここではなんらかの強い衝撃──負傷や病への罹患、あるいは強い心理的喪失などを経験した人間が『理外の理』を自在に操れるようになる、という現象全般を指します。
魔術を行使する人間について、数自体は少ないながらも実に多様性に富んだものが報告されています。例えば風を操って真空状態を作る、雷を弄る、無から炎を生む、死者を蘇らせるなどなど、本当かどうかはさておき。
メイディオス戦役における市民の反抗の中心となったのは『炎術師』と呼ばれる人々。戦火に焼かれて何かを失った市民がその悲しみを怒りに補正する事で、炎を自在に操れるようになったと言われています。
そうして全てが焼け落ちた後の彼らはまず周囲の人々と共に冬を耐え抜くために力を使い、戦後処理が落ち着いた後は貴重な動力源として復興に従事しました。それがやがて今の技術大国としての地位を確かなものにする基盤となったのですね。
復讐ではなく利益の為に力を行使する。金にうるさいメイディオスの人々ならではの発想の転換です。
次回はそんな魔法を機械技術に組み込んだ飛行機という工芸品に関する新情報となります。
戦後数十年、発明家べイロン氏らの一団は自らが生み出した空を飛ぶ技術を秘匿し続けて来ました。しかし先日、なんと私共『マルティロ』は彼らから取材許可を得る事に成功しました。
市街地上空に時折現れては鳥のように優雅に飛び周り、市民から絶大な人気を得ながらもその実態はヴェールの奥に仕舞い込まれていた彼ら『飛行師』達の魔法。その神髄に出来得る限り近付き、読者の皆様にお伝えさせていただきます。
工具と機械部品が積まれ、油や煤で薄汚れた机に『マルティロ』という銘の雑誌が放り投げられた。そのそばにはゴム底のブーツが乗っている。
ブーツの主はため息をついて足を引き、大義そうに立ち上がる。
「さて、そろそろ時間だ。迎えにいってやるかい」
鉄を打ち、曲げ、溶断する騒音に紛れ、その老婆は呟く。白くなった髪は肩で切り揃えられ、所々に油が染み込んで燻む。
背もたれに掛けてあった真紅のコートを身に纏い、左右の肩に一つずつ空いたスリットへ腕を器用に回して弄る。順々に飛び出てきたのは純白の大きな翼。
身支度を済ませた彼女は、鼻歌混じりに工場内でひしめき合う職人達の合間を縫って歩く。
「どうせ今度も生きて帰ってくるだろうね、あの腕白坊主は」
そして機嫌良く、景気良く笑いながら工場を後にした。
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