第3話 培養豚の戦利品
俺たち
ブロイラーって鶏肉で豚じゃないと思うのだが、もしかしたら
誰が呼んでるかといえば、オーククイーンが産んだ連中だ。
氏族の太母たるオーククイーンの脇侍を勤める彼らは、自らをオークの中のオーク、オークナイト等と称する。
そんなカッコつけた美名を名乗りつつ他人様を豚呼ばわりするのだから、まあ嫌な連中であった。
エリートのナイト様に豚呼ばわりされる一般オークの俺達だが、たまに優れた能力を有した傑物が出現する。
無論この俺自身もだが、舎弟の中にも一人居た。
カーツ分隊の副官として俺の補佐をしてくれるボンレーだ。
「兄貴、見事なお手並みで」
ランデブーポイントに指定した小惑星帯で合流したボンレーは、通信を開くなり豚鼻を斜めに走る古傷を歪ませて微笑んだ。
「もう一隻拿捕できそうだったんだが、逃しちまった。
しくじったよ」
俺は愛機の左舷側に浮かんでいる、生産性優先で素っ気ない箱型デザインの輸送船を横見で睨み、溜息を吐いた。
逃走に転じた二隻の輸送船の片方は、相方を盾にする見事かつ卑劣な操船を見せつけ、ついにはジャンプ航法で逃げおおせていた。
敵ながら天晴な生き汚さである。
残された輸送船のクルーは怨嗟の声を上げながら退艦し、こちらに船を明け渡した。
オーク氏族の捕虜になるくらいなら、救難信号を出しつつ漂流する方がマシというのは割と宇宙では一般的な感覚らしい。
「何をおっしゃいます、航行可能な状態で船を鹵獲できたのは素晴らしい戦果ですぞ。
……大抵はジャンクかデブリかという有様になりますから」
声だけならばナイスミドルにも思える深いバリトンを響かせて、ボンレーは楽しげに笑った。
この男、俺よりも年上で多くの場数を踏んだ古強者だ。
特性上、若くして戦死しやすいオークという種族の中で中年になるまで生き残っているという事は、彼の持つ希有な判断力と忍耐力、優れた知性を暗示している。
それだけのベテランでありながら、ボンレーは俺の舎弟という地位に甘んじてくれていた。
戦士としての俺に惚れ込んだとの事だが、何とも面映ゆい事だ。
年上の部下という存在に若干気後れを感じてしまうのは、俺の感性が武力を重んじる生粋のオークから外れているからだろう。
俺は満面の笑みで賞賛を続けるボンレーの言葉を、咳払いを挟んで止めた。
「ここまで曳航してきたが、ジャンプするにはメインコンピュータのリンクが必要だ。
トーン08と同期させてやってくれ」
「承知しました。 この船がトーン09となるのでしょうな」
俺の指示に従って、ボンレーの操る俺たちの母船トーン08が近寄ってくる。
戦闘要員である俺と、ベーコ、フルトン、ソーテンの三人の舎弟が乗る30メートル級の戦闘機と違い、トーン08は300メートル級の軽輸送船だ。
縦長の円筒状で缶詰を思わせるデザインの先端から、四方に貨物牽引用の支持架が伸びている。
その形状は、骨だけになったコウモリ傘にどこか似ていた。
本来はこの支持架にコンテナを取り付ける構造なのだが、小改造を施して戦闘機のドッキングポートになっている。
トーン08は四機の戦闘機を運搬、展開可能な軽空母として運用されていた。
元は民間船なためデブリ除去用の低出力レーザーガン以外には武装もなく、鈍足で軽装甲なトーン08は、重装甲大火力などわかりやすい戦闘能力を好むオークに好まれる船ではない。
そのお陰で、
ボンレーは熟練の操舵で、鈍重なトーン08を強奪した貨物船の隣にぴたりと停船させた。
「メインコンピュータリンク、開始します」
「頼むぞ」
ボンレーに頷き、他の三人に呼びかける。
「よし、お前らは順次着艦して休んでおけ」
「いいんすか?」
「お前ら着艦苦手だろうが、もたもたせずにさっさとやれ」
「へーい」
俺の指示に従って、三人の舎弟が着艦を開始する。
三人が細かい操船が下手という事もあるが彼らの機体は癖が強いので、いつも着艦に時間が掛かるのだ。
彼らが操るのは
平べったいボディの平凡な宇宙戦闘機の背中に本体よりも長い砲身を持つ大型キャノンユニットが取り付けられている。
キャノンユニットの後部は追加スラスターが増設されており、これひとつで火力と推進力を補える、オーク好みの改装機であった。
銃身と射撃手を組み合わせた通称だろうが、俺には樽を背負ったという駄洒落にしか思えないネーミングである。
名前は馬鹿っぽいが、高い攻撃力を備えており砲撃戦では頼りになる機種だ。
ただし、小回りは利かない。
そこを補うのが、チーム内での俺と相棒の役回りである。
「まあ、何とか上手く行ったかな……」
三人の舎弟が繊細な制御の苦手なバレルショッターを苦労してドッキングポートに接続している様を眺めながら、コクピットシートの上で大きく伸びをした。
散々文句を言ってきたが、今日は舎弟達もよく働いてくれた。
今回の仕事は十分な大当たりと言ってよい。
オークの襲撃は相手をぐちゃぐちゃに叩きのめした挙げ句、残骸を漁って持ち帰るという雑な流れが大半なので、ボンレーに褒められたように動かせる船を鹵獲できたのは大きな戦果だ。
一隻だけでも撃沈せずに残せたのは、舎弟達が俺の指示を何とか思い出してくれたからである。
戦場に酔うオークの血の滾りを抑えてくれた彼らに、俺は感謝の念を覚えていた。
もうちょっと早く正気に戻れとも思うが。
残り二隻も拿捕したかったと考えてしまうのは、より理性的な21世紀人の感性がもたらす贅沢さに過ぎない。
漠然とした物思いを、唐突に鳴り響く警報が断ち切った。
「なんだ!?」
「追撃です、兄貴!」
リンク作業中のボンレーが警告を上げる。
戦闘機クラスに搭載されたものよりも高性能なレーダーを持つトーン08の索敵網に追跡者が引っかかったのだ。
「数1、この速度……ブートバスターです!」
「ちっ、おっとり刀の護衛か、間抜けな
いや、単機で突っかけてくる辺り、
追っ手の素性を推測しながら、俺は機首を旋回させる。
「兄貴! 俺たちも!」
「一機くらい、やってやるっすよ!」
「来るな! 下手に乱戦になると折角拿捕した船に傷がついちまうかも知れん!
俺が押さえ込むから、その間にジャンプのチャージを進めるんだ!」
「けど、兄貴ぃ……」
不安げな声を漏らすベーコに、俺は牙を剝いて獰猛な笑みを浮かべて見せた。
「こっちだってブートバスターさ、任せておけ!」
ミッションレバーをマキシマムに叩き込むと、俺の愛機は爆発的なスラスターの閃光を放ち流星と化した。
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