第2話 宇宙の豚は培養品

 人類が宇宙に飛び出してどれだけの時間が経ったのかは知らないが、少なくとも数百年程度ではすまないらしいという時代。

 オークだのエルフだのドワーフだのといったファンタジーな連中が宇宙に存在していた。

 過酷な宇宙を開拓するため、ノーマルとも称される地球系人類をベースに誕生した強化人間エンハンスドレースの末裔である。


 強化人類だけあって、オークは戦士として優れた資質を備えている。

 分厚い皮膚は半ば装甲と化しており、対人用銃器程度で貫く事は不可能。

 回復力も高く、腸が溢れる程度のちょっとした怪我などファーストエイドキットの細胞賦活クリームでも塗ったくっておけば、翌朝には元気モリモリだ。


 見た目はファンタジーの定番デザインそのままの豚を思わせる太く開いた鼻と緑の肌が特徴で、どちらもオークの戦闘継続能力にアドバンテージを与えている。

 大きく開いた豚っ鼻は見た目は悪いが吸引力に優れ、強靭な心肺が要求する大量の酸素供給の強い味方だ。

 緑の肌はなんと改良された葉緑素由来。

 皮膚上層に練り込まれた葉緑素型ナノマシンは、日光に当たっていれば酸素とエネルギーを補助してくれるのだ。

 オークの肉体が消費する膨大なカロリーからすれば気休めレベルではあるが。


 その肉体に宿る腕力ときたら、ノーマルが使うパワードスーツと互角に腕相撲ができるほど。

 更には電光石火の反射神経まで備えているという、完全に戦闘特化種族であった。


 だが、世の中美味い話ばかりではない。

 斯くも素晴らしき能力と引き換えにオークは大切な物を差し出していた。

 知能である。

 我が同族は、びっくりするぐらい頭が悪いのだ。

 脳内シナプスの連携が戦闘方面以外は完全に手抜きで構築されたオークのお味噌は、糠味噌と交換した方が理性的なんじゃないかと思える程、お馬鹿が過ぎる。


 特に小規模ながらチームを率いる身となって辛いのは、部下達の我慢が利かず、段取りの把握が苦手な所。

 どんなに俺が頭を絞って作戦を組んでも、ちょっと舎弟達のヒャッハー心に火が着いちゃったら、もうお仕舞い。

 体中を駆け巡る野蛮なオークブラッドの命じるままに撃って殴ってぶっ壊す、ハッスルタイムの始まりだ。

 コロニー内なら、ぶん殴って言うことを聞かせる手もあるが、戦闘機を駆る宇宙戦闘の場ではそうもいかない。

 ここだけの話、敵艦よりもあのド阿呆どもにレーザーぶち込んでやろうかと思った回数は、百や二百じゃ効かないほどだ。


 さて、同族だなんだと言いつつオークに対してこのように幻滅した感想を抱く俺は何者かと言うと。

 はるかな昔の地球人、21世紀と呼ばれた時代の記憶を持つ一匹のオークである。

 己の中の記憶と境遇を把握した時、俺は思った。

 こいつはいわゆる異世界転生系かと。

 が、手の届く範囲で色々調べている内に、そうではないらしいと解った。

 どうやら、俺は21世紀の地球人の記憶を知識としてインプットされたオークのようだ。


 培養槽バースプラントで誕生、というか生産される一般オークは睡眠学習的に最低限の知識を入力される。

 そうでなければ学習意欲に乏しく、頭すっからかんのオークが宇宙戦闘機なんぞを動かせるはずもない。

 まあ、培養槽バースプラントで刷り込まれた操縦知識なんて「操縦桿握ってスロットル踏み込めば突撃できるよ!」程度なんだが。

 それで何となく宇宙戦闘をこなせてしまうのがオークの戦闘センスの恐ろしさである。


 俺の場合、それらの知識に加えてはるか昔の知識もインプットされたものと思われる。

 こんな知識を持ったオークを作るよう指示した者の意図は判らない。

 俺が培養槽バースプラントから排出される直前に生産施設は搭載艦ごとトーン=テキン氏族に強奪され、俺はそのまま氏族の下っ端構成員として組み込まれたからだ。

 カーツと名付けられた俺は、それ以来トーン=テキン氏族の一員として戦い続けている。

 オークの人生を構成するのは、襲撃と略奪を両輪とした戦いだけ故に。

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