第四十四話「執事の華麗なる逆襲」
「まず、貴方様の近頃のお仕事の話から始めましょうか。先月、裏通りの少年少女を奴隷商人へお売りになりましたね。――ああ、奴隷というのは、人間でありながらその権利や自由を奪われ、他者に所有物扱いされる者のことを指します」
「っ、そんなことは分かっている!だが私はそんなことはしていない!」
「それから次のお仕事ですが、同じく先月に武器と薬物の違法輸入――これは大変なことですね。我らが女王陛下は、特に薬物を嫌っていらっしゃる。もし、そのお耳に入るようなことがあれば、爵位剥奪だけでは到底済まされないでしょうね」
「な、何を証拠にそのような戯言を…」
「またこちらも先月ですが、輸出入物を管理している者への多額の賄賂、ですね。違法な輸出入をすると、それに関与した者への口封じが必要でしょう。一体いくらお支払いになったのですか?今までの額を合わせると、小さな貴族の資産一つ分ほどにはなるのでは?」
「だ、黙れ!貴様がどんな罪を私に擦り付けようとも、証拠がなければ何にもならんぞ!」
「――では、こちらを」
ついに椅子から立ち上がり喚き出したパクストンに向かって、クリスは待ってましたと言わんばかりに微笑み、胸元から一枚の紙を取り出し広げて見せた。
「………」
そこに書かれている文章を、パクストンの目が追ってゆく。
そしてその勢いは徐々に落ちていき、ついにはその顔色が青くなっていき。
「――こんな、馬鹿なことが…」
今にも倒れそうなほど真っ青な顔をして、力が抜けたように椅子に座り込んだ。
「しっかりとお読みになりましたか?よろしければ、私が声に出して読み上げて差し上げましょうか?」
「やめてくれ…!読んだ…っ、理解した…っ」
先程までの勢いはすっかりなくなって、まるで縋るような目をパクストンはクリスに向ける。
「ではこちらが何の文書か、確認のためにご自身で口になさってください」
「そ、それは…っ」
「おや?やはり理解されていないのでは?私が読み上げた後、私の理解が間違っていないか、他の貴族の方にも確認していただいて――」
「私の!私の領地の民から税を巻き上げるために、町長と互いの利益を確認した契約書だ…!」
「――はい、結構でございます。私の認識は間違っていないようですね」
このときのクリスの微笑みほど、恐ろしいものはないだろう。
常に冷静に見えていたクリスも心の内では、パクストンに対して激しく嫌悪していたことがここで明らかになった。
「他にも貴方様が交わした契約書や機密文書を手に入れるのには骨が折れました。――いえ、共犯者を炙り出すのは簡単でしたが、如何せんその数が多いので集めるのに苦労いたしました」
「………」
確実な証拠を押さえられ、かつて自分の勝利を確信していた男の姿はどこにもない。
クリスが咳ばらいをした音にさえ、その肥えた身体を大袈裟に震わせてみせるほどだった。
「――さて、ロイド様。これらの書類をどうすべきでしょうか。せっかく苦労して集めたのです。何か有意義に使いたいと思うのですが」
「ふむ、そうだな」
「ゆ、許してくれ!」
ガタリと激しく椅子が動く音にそちらへ視線を向ければ、無様にも直接床に膝をついたパクストンの姿があった。
「――椅子から落ちてしまわれたのですか、パクストン伯爵?」
「このとおりだ!頼む!許してくれ!私が悪かった!」
ついにはその頭を床につけて情けない姿をさらしたパクストンに、流石にその執事も驚きが隠せないようだった。
「それを公にされては、私はもう生きていくことも許されない…!頼む…!なんでもする!私ができることならなんでもするから…!」
「なんでも、ですか?――では、まずこれから二度と、未来永劫、タイラー家とそれに関わる全ての人や物事に関与しないとお誓いくださいませ」
「誓う!一生近づかない!約束しよう!」
「それから今貴方様が持っていらっしゃる全ての資産を寄付すると、お誓いくださいませ」
「……!そ、それは…」
「………」
クリスは変わらず笑みを浮かべたまま、パクストンを見ている。
「っ、分かった!全て寄付する!」
「では、これが最後の条件です」
クリスの視線が一度ノアへと移り、再びパクストンのもとへと戻る。
「うちの使用人に言った言葉全てを撤回し、心からの謝罪をしてくださいませ」
「―――!」
これに驚いて目を見開いたのは他の誰でもない、ノアだった。
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