第四十五話「執事の仕事の仕方」
「彼はとても有能な人物です。少なくとも貴方様よりは器量も要領も優れています。むしろ雲泥の差だと申し上げてもいいでしょう」
「っ、」
クリスのその言葉にノアは喜びに心を震わせ、ロイドは当然だというように余裕の笑みを浮かべる。
そして自分よりも遥かに格下だと――同じ人間だと思っていない裏通りの人間に謝罪をするように言われたパクストンは、そのプライドを粉々にされ、激しい屈辱感の中で頭を下げたまま身体を震わせていた。
「貴方様に選択する余地などありませんよ、パクストン伯爵」
「―――!」
容赦ないクリスの冷たい声に、パクストンがきつく歯を噛み締める音が聞こえた気がした。
「……わ、私がその使用人に言った言葉を全て、今ここで、撤回する…」
大きく震える声がゆっくりとその言葉を紡ぐ。
「……っ、……、」
「パクストン伯爵、」
「……す……すまなかっ、た…」
ほとんど消えかかった声で、確かにパクストンは謝罪の言葉を口にした。
その姿にクリスは一瞬満足そうな笑みを浮かべ、次の瞬間には無表情になって冷たい声で言い放った。
「それでは、今すぐにこの屋敷からお帰りくださいませ。もう貴方様に用はございません。それから先程誓っていただいた言葉は契約書に書き起こしお送りいたしますので、早急にサインをして送り返してくださいませ」
「―――!」
真っ青だったパクストンの顔が、一気に羞恥に染まり真っ赤になる。
そうして挨拶もしないまま逃げるように応接室から飛び出していったパクストンの後を、その執事も慌てて追いかけて行った。
「―――、」
三人だけになった部屋に沈黙が広がる。
そして、それを破ったのは――。
「――は、…あはは!」
お腹を抱えて声を上げて笑うロイドだった。
「見たか、あの男の顔!」
「ロイド様、もう少し品よくお笑いになってください」
「ははっ、すまない。あまりにも面白い顔だったから、つい。でも私は、クリスが一番楽しんでいたように思えるんだが?」
「――そうですね。それに関しては否定いたしません」
「はは!やっぱり!」
クリスの視線がロイドからノアへと移る。そして、その姿を見て不思議そうに僅かに首を傾げてみせた。
「どうした、ノア?」
「あ、いえ、その…」
突然クリスに話しかけられ戸惑った様子を見せるノア。
それに反応を返したのはロイドだった。
「思わぬクリスの本音を聞けて、嬉しさのあまり固まってるんだろう、ノア?」
それはノアをからかっている顔だった。
しかし図星だったノアは上手く切り返すこともできず、曖昧に笑って返す。
それが微笑ましかったのか、今度は柔らかな笑みをロイドは浮かべた。
「しかし、クリス。一体どうやって証拠を集めたんだ?」
「ロイド様とタイラー伯爵夫妻の人望の厚さ、ちょっとした圧力、それから私の微笑みです」
「――最後が一番効果ありそうだな」
長い付き合いの中で、こんなにも嬉々として見せた執事の黒さに、その矛先が自分に向けられることのないよう気を付けねばとロイドは心の中で誓う。
「けれど私は手段を講じただけであって、そのきっかけを作ったのはノアです」
「え?」
突然出された自分の名前に、ノアは小さく声を上げる。
「ノアが忠告してくれなければ、ここまで本格的に動くことはありませんでした。ですからこれは、ノアのお陰です」
「――そうか、また私を助けてくれたんだな。ありがとう、ノア」
「私からも礼を言わせてもらう。ノア、ありがとう」
二人に礼を言われれば、ノアの心が温かくなる。
「…お役に立てたなら、これ以上嬉しいことはありません」
自然と綻ぶ口元のままにノアは微笑み返した。
「では私は急ぎの仕事に取り掛かるとしましょう。ノア、お前も手伝ってくれ」
「急ぎの仕事?何かあったのか?」
珍しく誰かに手伝いを頼んだクリスに、ロイドが問いかける。
「――ええ、集めた書類があまりにも多いもので。ノアと手分けして、女王陛下のもとへ送る準備をしようと思います」
やりかけたことは何事も最後まで手を抜かずにやり切る。
それが、クリスの仕事の仕方のひとつだった。
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