第四十三話「厄介者の暴挙」

 そして午後になって、パクストンはその頬に大きすぎるほどのガーゼを当てた姿で現れた。その背に、パクストンの屋敷でノアを追い返した男を連れていた。


 ロイド、その背後に立つクリスとノアを見て、パクストンは忌々しそうに目を細めてみせた。


「――今日はこの頬の怪我の件を話しに来た。貴殿のところの使用人が夜分遅くに我が屋敷を訪れて、私の顔を殴って行ったのだ」


 応接室に入り座るやいなや、パクストンがそう話し出す。


 どうやらロイドを誘拐した件はすっかりなかったことにし、その代わりにノアが殴り込みに現れたことにして、それを咎めに来たらしい。


 それが分かるなり、ロイドの顔が明らかにしかめられた。


「証人は私のところの執事だ。――お前も見ていただろう?私が殴られるところを」


「――はい。夜に突然そちらの方が旦那様の在宅を確認しに屋敷へ来られました。そして私が旦那様に取り次ごうと思ったところを乱暴に屋敷の中へ入り、そのまま旦那様のもとへ…私が追い付いたとき、旦那様がまさに殴られる瞬間のことでございました」


「―――、」


 ――よくもまあ、ペラペラと口が回る。


 平然とした態度で嘘を吐く二人の姿に、ノアは内心で呆れかえっていた。


「恐らくその使用人はこの事実を否定するだろう。――だがお前は裏通りの人間だろう?私はお前を裏通りで見かけたことがあるぞ。裏通りの人間の言うことなど、信用ならん」


 ――見かけたことがあるんじゃなく、買ったことがある、の間違いだろう?


 自分に向けてそう言い切ったパクストンの厭らしい笑みを見ながら、ノアは思う。


 それは、勝負事に自分が勝てると思っている者の顔だった。


 そしてその顔のままパクストンはロイドの方を向き、また口を開く。


「――こちらとしては、事を荒立てるつもりはないですぞ?ただ、その代わり、というわけではないが、慰謝料とその使用人の即刻解雇を要望したいと思いましてな。裏通りの人間を使用人として雇うなど、貴殿の品位が問われますぞ、タイラー伯爵。解雇してしまう方が貴殿のためになるでしょう」


 ロイド側が誰一人として口を開かないことをいいことに、自分の言いたいことだけを一方的に述べたパクストンは、ようやくここで満足そうに一息ついた。


「―――」


 ロイド側は未だ沈黙を守る。


 それを怖気づいているのだと解釈したパクストンは、意気揚々とした顔で椅子の上でふんぞり返っていた。


「――ふっ、」


 そしてその沈黙を破ったのは、小さく鼻で笑ったクリスだった。


「ロイド様、恐れながら、私が代弁してもよろしいでしょうか?」


「――ああ、好きなようにしてくれ。私は下衆男と話すつもりはないし、そもそも話など聞いてはいないんだ」


「左様でございましたか。英断でございますね」


「なんだと!?」


 明らかに自分を馬鹿にした二人のやり取りに、パクストンの顔が怒りで赤く染まる。


 その姿を見て、クリスはまた鼻で笑った。


「先程、うちの使用人がどうと仰っていましたが、そんなことはどちらでもいいのです」


「いいわけがあるか!私は怪我をしたのだぞ!?」


「はい。ですからそのお怪我もどちらでもいいと申し上げているのです。――なかなか理解力が乏しい方でいらっしゃるようなので、分かりやすく、丁寧に、噛み砕いて、ご説明させていただきます」


「……!」


 クリスの、どこまでも丁寧で自分を愚弄する態度に、パクストンの身体が怒りで震え出す。

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