第四十一話「迎えにきた男」

「だ、旦那様!火事でございます!母屋の裏庭から火が――ぐ…ぅ!」


「お、おい!」


 パクストンの狼狽える声がしてそちらを見れば、その腕には先程まで話していたらしき男の倒れ込んだ姿がある。そして、その頭上に迫る人影に、ロイドが心の中であっと声を漏らしたときだった。


「ぐあ…!」


 倒れ込んだ男とともに、パクストンが床の上に勢いよく尻をつく。


 そうして扉から現れたその人影の正体を目にして、ロイドは思わず泣きたくなった。


「わ、私を蹴り飛ばすなど無礼な!何者だ、貴様は!?」


 顔を真っ赤にして座り込んだまま怒鳴り散らすその姿を見て、その人影――ノアは馬鹿にしたように鼻で笑った。


「っ、き、貴様は…!」


 見覚えのあるノアの姿に、パクストンの顔に動揺の色が走る。


「――俺の大切な主を返してもらう」


「な…っ」


 そしてノアがタイラー家の者と知れば、顔を青くして絶句した。


 そんなパクストンから視線を動かし、ロイドの姿を認めれば。


「―――!!」


 その姿にカッと目を見開き、ノアは物凄い勢いでパクストンの胸倉を掴み上げた。


「……おい。あれは一体どういうことだ、肥満野郎」


「ひぃっ」


 明らかな殺意をぎらつかせ地を這うような低いノアの声に、パクストンの肩が大きく震える。


「いや、いい。何も言うな。声を聞くだけで気分が悪くなる」


「……っ!」


 鈍い音がして、パクストンは床に転がったまま起き上がらなかった。


「…痛ぇ、」


 赤くなった手をひらひらと振りながらノアは立ち上がり、ロイドのもとへ足早に歩み寄る。


 そしてロイドの頬に手を当てて、その顔を覗き込んだ。


「――ノ、ノア…っ。どうして…っ」


「ロイドを助ける計画をクリス様と立てていたら、迎えに来るのが遅くなった。…悪かった。…あの肥満野郎に何もされてないだろうな?」


「だ、大丈夫。少し、舐められただけ…っ」


「――もう一発殴っとくか」


「ノア…!」


「…分かってる。すぐ自由にしてやるから、待ってろ」


 泣きそうな顔をしながらもノアを制するロイド。その心を安心させるために、ノアは頭を優しく撫でた。


 そして手錠を触りその鍵穴を確認すれば、すっかり気を失ったパクストンの衣服を探り始めた。


 鍵はすぐ見つかり、それを使ってロイドの両手を解放する。


「よし、あとはここから逃げるだけ――、っ!」


 ロイドが抱きつき、ノアの身体に軽い衝撃が走る。


「…怖かったよな。遅くなって、ごめん」


「ノア…っ、ノア…!」


 どんなに男として育てられたとしても、やはり女である事実は消えない。


 力尽くで組み敷かれただろうロイドを思えば心が痛んで、ノアは労わるようにそっとその身体を抱きしめた。


「――屋敷に帰ろう、ロイド」


「…うん…!」


 胸元にじんわりと染みてゆく温度にロイドの流れる涙に気づけば、ノアはその頭に口づけを落とし、横抱きにしてその部屋をあとにした。

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