第四十話「迫る危機」

***


「――昨日はよく眠れたかね、ロイド」


 爽やかな朝に似つかわしくない、耳障りのよくない声。


 ロイドは、その声の主を視界に入れたくないと言わんばかりにベッドの上に座ったまま、ずっと小さな窓の向こう側を見つめていた。


「あまり顔色がよくないようだが、眠っていないのか?」


「………」


「――ロイド、」


「………」


「っ、貴様!私を無視するとは何事だ!」


 いつまでも何の反応も返さないロイドに痺れを切らしたパクストンはその顎を掴み上げ、無理やり視線を合わせた。


「―――、」


 ロイドの屈することのない空色の瞳が、パクストンを射抜く。


「……なんだその目は」


「………」


「――まあいい。ひとつ、面白いことを教えてやろう」


 苛立っていたパクストンの表情がガラリと卑下た笑みへと変わり、その奇妙さにロイドの肌が粟立つ。


「私は美しいものを愛でるのが好きでね。その中でもとりわけ好きなのは、顔立ちが美しい男なのだ」


「……っ、」


 パクストンの意味深な言葉に、ロイドの顔色が変わる。


「美しい男を組み敷き、好きなように弄ぶのが私の趣味なのだよ!」


「やめろ…!」


 肥えた重い身体が、華奢な身体をベッドの上へと縫い付ける。


 さらに覆いかぶさるように下半身に乗り上げられ、ロイドは唯一自由になる上半身を捩り、必死に抵抗した。


「っ、やめろ!放せっ!」


「諦めの悪い子には仕置きが必要だな」


「私に触れるな!――痛…っ」


 頭上で両手首を捻るようにまとめられたかと思えば、冷たい音と感触とともに急に両腕の自由がなくなる。


 それが、手錠でベッドに括り付けられたのだと理解するまで、あっという間だった。


「――あまり暴れると手首が痛むぞ?」


「…なんと下衆な…!」


 ロイドが抵抗する度に、硬い金属音が部屋に響く。


 その音さえも心地いいと言わんばかりに恍惚とした表情を浮かべ、パクストンは舌なめずりをした。


「やめろ…っ」


 ここで初めて、空色の瞳に怯えが見えた。


「――やめろ…、やめてくれ…っ」


 ゆっくりと焦らすように伸びてくるパクストンの手に、ロイドの声が少しずつ小さくなってゆく。


「頼むからやめ――、……!」


 ロイドの懇願も空しく、シャツの襟元が乱暴に破られ、その細い鎖骨が露わになった。


 そして、今にもそこをパクストンが舐め上げようとしたとき。


「きゃああああああ!」


「わああ!逃げろ!」


 突如として外から聞こえてきた悲鳴が、その動きを止めた。


「……なんだ?」


 苛立ちを隠しもしない顔で、パクストンは身体を起こす。


「――少しこのまま待っていなさい。すぐに続きをしてあげよう」


「っ、」


 ロイドの頬を撫でて、パクストンは子どもに語り掛けるように優しく言葉を残す。


 そしてベッドから立ち上がったとき、この部屋の厚い扉が激しく叩かれた。


「旦那様!大変でございます!旦那様!」


 焦る声が聞こえて、再び激しく扉を叩く音が響く。


「旦那様!」


「五月蝿い!何事だ、騒々しい!」


 パクストンは顔一つ分だけ扉を開けて、部屋の中を見せないようにそこへ立つ。


 扉が開いたお陰で先程よりもずっと鮮明に、外で騒いでいる声がロイドに届いた。

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