第三十九話「甘い誘惑の罠」
そうして壁に背を預け角から覗くようにゆっくりと顔を出せば、そこには予想通り使用人の格好をした若い女の姿がひとつ。
ゴミを捨てているだろう彼女はその匂いに顔をしかめ悪態をつきながら、ちょうどその仕事を終えたところだった。
「―――、」
辺りに他の人間の気配がないかを確認して、ノアは静かにその一歩を踏み出す。
そうして音を立てないように気を遣いながら一気にその女との距離を縮めれば、後ろからその口を塞ぐようにして抱きしめた。
「………!」
腕の中の女の身体が驚きと恐怖で強張る。
それを解きほぐすようにノアは女の耳元に口を寄せ、優しく語り掛けるように囁いた。
「――こんばんは、お姉サン」
「っ、」
ぶるりと女の身体が震える。
しかしそれが恐怖ではなく、むしろ甘い感覚に震えたことをノアは分かっていた。
「叫んだりしないって言うなら手を緩めてあげる。俺は怪しい者じゃないし、お姉サンを傷つけるつもりないからダイジョウブ。――どうする?」
「………、」
首を縦に振る女に、ノアはその口を塞いでいた手を少し緩める。けれど完全に手を離さないのは、少しでも大きな声を出そうとすればすぐに塞ぐためだった。
「あ、あなた…誰?」
後ろから抱きしめられているせいで、唯一自由に動く首を捻りながら女が震える声で問う。
「俺はここに奉公に来る予定の使用人。こっそり下見に来たら素敵なお姉サンを見つけたから、つい強引なことをしちゃった。ゴメンネ?」
音を立ててその耳元に唇を落とせば、女の身体がまた震える。
「…ね、ねぇ。アタシなら叫んだりしないから…離してほしいの。あなたの顔が見たいわ…」
「見て、どう、するつもり?」
「それは…」
「見て、何、するつもり?」
ゆっくりとその耳朶に舌を這わせれば、女は悩ましげな溜息を零した。
「――ね、お姉サン、何か期待してるでしょう?」
「ちが…っ」
「違わない。だって暗闇でも分かるくらい…すごくオンナの顔してる」
そして抱きしめていた腕の力を緩めれば、女はすぐにノアの方を振り返った。
そして、その見目の良さにうっとりとした目を向ける。
「――俺とイイコトしよっか、お姉サン」
「………、」
ノアの甘い誘惑に躊躇うことなく、女は頷いてみせた。
そして女がノアを連れて歩いた先は、物置の傍にある茂みの向こう側。しゃがめば人目につきにくそうなその場所で、ノアは少し乱暴に女を押し倒した。
間髪いれずにその首筋に舌を這わせば、これから与えられるだろう快感を想像して震える女の身体。
ときには舌先で鎖骨の窪みを撫でながらノアは女の衣類を乱し、その肌を優しく撫で上げた。
「――静かにしてないと、誰かに見つかっちゃうよ?」
快感に身体を震わせる女は、ノアの言葉にまたひとつ震える。
的確に、全てのことを知り尽くしているかのように自分の身体を熱くさせるノアの手つきに、女はひたすら声を押し殺しながら溺れた。
予想通り、自分の手つきに素直に反応する女にノアの口元が弧を描く。
「――そう言えばさ。新しいご主人サマを見に来たんだけど、屋敷にいなかったみたいなんだ。外出中なの?」
「…っ、だ、旦那様、なら、今…は、別の屋敷に…っ」
「――流石、伯爵サマだね。ここくらい立派な屋敷なんだろうね。ドコにあるの?」
「ここ、から…っ、馬車で、二時間、くらい…の…!」
所有している山にあるその屋敷の場所を聞いたノアは、弄んでいた指を止めた。
そうして瞳を潤ませ続きを強請る女に、ノアは極上の微笑みを浮かべる。
「――もう、口づけるのも抱くのも、一人だけって決めたんだ。悪いな」
それは女を甘く誘った男と同一には思えないほどに、真剣な声音だった。
困惑する隙も与えないまま、ノアは女を責め立てる。そして、ぐったりと気を失った女を残し、ノアはその場をあとにした。
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