第三十六話「妬みの行く先」
「このような手段を取らなくとも、話はできたはずです」
「いいえ。私は、本当に貴殿と『二人きり』で話がしたかったのです」
「一体何の話が――、っ」
クラリと揺れた視界に、ロイドは思わず片手で頭を抱えた。
「――そう興奮なさらずに。まだ完全に薬が抜けてはいないのですから」
「く、すり…?では、私が眠っていたのは…」
「お察しの通りでしょうな」
「……!」
もしも、この場に自分一人であったならば。ロイドは失態を犯した自分を、容赦なく自分で殴りつけていただろう。
パクストンがタイラー家を嫌っていたのは知っていた。
嫌いな相手を陥れるためならばどんな手でも使うなど、黒い噂も耳にしていた。
貴族社会にまだ馴染みの薄いノアでさえ、気を付けろと忠告をしてきた。
それにも関わらずこうして易々と捕らえられている自分に、ロイドは心底腹が立っていた。
「――ロイド・タイラー。私の養子となれ」
その口調はがらりと変わり、その言葉はもはや命令であった。
「何を馬鹿なことを…」
「自分の立場を分かっているのか?貴様はもう、断れる立場にはいないのだ」
「…なぜ私を養子に取ろうとする?貴方はタイラー家を嫌っているはずだ」
「そうだな…。その存在を跡形もなく消し去ってしまいたいと思っているから、だな」
「―――!」
パクストンの憎しみに近い言葉に、ロイドは言葉を失った。
「ならば…なぜ…」
「貴様を養子に取り、タイラー家の財産全てを掌握するためだ」
「…っ、」
「タイラー家のものであったものを、パクストンの名で塗り替える…。その全ての存在を消し去るのだ」
「っ、なぜそれほどまでにタイラー家を目の敵にする?」
「――なぜ?貴様の父親が目障りだったからだ」
「たったそれだけのことで――」
「たったそれだけだと!?」
「っ!」
肩を強い力で掴まれ、ロイドはその痛みに思わず顔をしかめた。
「貴様に何が分かる?明らかに差をつけられた私の、何が分かる!?」
当時はまだ子爵だった、若かりしロイドの養父タイラーとパクストン。
同じ分野で財を成し、帝国に貢献していたはずだった二人に、いつからか少しずつ差が生まれるようになっていた。
「同じことを生業にしていたはずなのに、気づけばタイラーの財は増してゆくばかり。それに比べ私の財は少しずつ、けれど確実に減っていっていた!」
タイラーとパクストン、この二人の違いは何だったのか。
いつも多くの人に囲まれていたタイラーを、パクストンは遠目からずっと見ていた。
そして訪れた人生の転機は、パクストンに大きな屈辱を与えた。
「この貴族社会に置いて、婚姻はこれからの人生の明暗を分けると言っていいほど重要なものだ…。忌々しいことにあの男は自分より格上の、伯爵令嬢を娶ることになったのだ…!」
男が格下の令嬢を娶ることはあっても、令嬢が格下の男へ嫁ぐことなど、よほど特別な事情がない限りあり得ないことだった。
例えどんなに愛し合っていたとしても、家を、品格を最重要視するこの時代に、自らの家を格下げするような婚姻を、その親や親族が認めることはなかったのだ。
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