第三十五話「囚われた伯爵」
***
「――ん…、」
――いつの間に、眠ってしまったのか。
薄っすらと目を開ければぼんやりとした光が見えて、それが窓から僅かに覗く月の光だと気づくまでに少し時間がかかった。
「……ここ、は…」
身体を起こせば、鈍い痛みが頭に走る。
薄暗い中で周りを見渡せばそこは小さな窓がひとつだけある石壁の部屋で、自分が質素なベッドに寝かされていたことが分かった。
「―――、」
ここがどこなのか、なぜ自分がここにいるのか、はっきりとしない頭でロイドは考える。
そこでふと思い出したのは、茶会からの帰りの馬車での出来事だった。
茶会が開かれていた屋敷は、街から少し離れたところにあった。その屋敷を発ってしばらく、街へと続く森の小道を走っていたときに大きな衝撃を感じたのだ。
『――何事だ?怪我はしていないか?』
馬車の中からロイドが問えば、覗き窓から御者がその困った顔を覗かせる。
『申し訳ございません、ロイド様。どうやら後ろから来た馬車が追い抜こうとして、ぶつかってしまったようです。あちらの御者と話してきますので、不自由とは思いますが、少々お待ちいただけますか?』
『ああ、それは構わないが…君にも迷惑な話だな』
『普通はこんな小道で追い抜いたりはしないものなのですが…』
苦笑を残して、御者が覗き窓から離れる。
話し合いが長引くようであれば自分が出て直接話をしようと、ロイドはいつも馬車に置いている本へと手を伸ばした。
そのときだった。
『―――、う…っ』
微かに呻き声が聞こえた気がして、ロイドは馬車の小窓から外の様子を窺う。
しかし、見える範囲にあるのは木々だけで、何かあったのかは全く把握できない。
ロイドが自分の身の危険など厭わず、馬車から降りた瞬間だった。
『…っ!?何者だ!?離せ!』
背後から強い力で羽交い絞めにされ、ロイドはその身を捩った。
『く…っ』
背後のその人物は随分と体格がいいのか、少しも怯む気配を見せず。ロイドの視界の隅で何かが動き、それが薬品のかけられた布だと気づいたときには、既に口元が覆われていた。
『…っ。――!』
必死にもがこうとも、口元を押さえる手は緩まない。
『っ、』
足を振り上げてその脛を狙って靴の踵で蹴れば、背後の人物は小さく苦痛の声を漏らした。
『―――、』
ゆっくりと遠のいてゆく意識の中で、それでもロイドは見えぬ敵から逃れようと必死に身を捩る。
そして何度か背後の人物を蹴ったあとで、ついにロイドは意識を失った。
「っ、そうだ…!私は何者かに襲われて――」
――ガチャリ、
自分の身に起きたことを思い出したロイドを肯定するように、重たげな鍵が解錠された音が響く。
「―――、」
厚い木製の扉がゆっくりと開かれ、そうして現れた人物に、ロイドは生まれて初めて他者に向けてあからさまに嫌悪の色を示した。
「お目覚めですかな、ロイド・タイラー伯爵」
「――これはどういうことですか、パクストン伯爵…」
声を低くし、まるで威嚇するように自分を見上げるロイドの姿に、パクストンはにやりと笑う。
「手荒な真似をして申し訳ない。どうしても貴殿と二人きりで話がしたかったのです」
「これは立派な犯罪行為です…。それを理解しておいでか?」
「おや、タイラー伯爵もそのようにお怒りになるのですね。これは意外でした」
「私はそんなことを話しているのではない!」
ロイドの身体を震わせていたのは、目の前の男よりも自分に対する怒りだった。
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