第三十四話「執事の願い」
「クリス様!遣いの者が戻って参りました!」
気が急いた様子の女の使用人のあとに続いた遣いの者が、一礼しようとする。
クリスはそれを制し、報告をするように告げた。
「ご夫妻に確認して参りましたところ、茶会は午後八時頃に終えたと。ロイド様が馬車に乗り帰って行かれるのを、お二方とも確かにお見送りをして確認なさったとのことです」
「―――!」
遣いの者の報告に動揺で息を呑んだのはエマだった。
「――茶会に招待されていた貴族の名は分かるか?」
「はい。フルード伯爵夫妻、ティノス伯爵夫妻、カトランテ子爵夫人、ビドール男爵夫人、そしてパクストン伯爵。以上、ロイド様を除いた七名でございます」
クリスの問いに、遣いの者はよどみなく答える。
「パクストン伯爵、か…」
クリスが呟いたその名に、ノアの背筋に冷たいものが走った。
「まさか…」
ノアの脳裏によぎる、パクストンの厭らしい笑み。
「引き続きで悪いが、今度はパクストン家へ遣いに出てほしい」
「かしこま――」
「クリス様!」
再び命じられた遣いの者を遮り、ノアは声を上げる。
「その遣い、私に行かせてください…!」
「………」
懇願するような声で願い出たノアから、クリスは何かを探るようにじっとその宵色の瞳を見据える。
「……いいだろう」
「っ、ありがとうございます!」
「お前はタイラー家の立派な使用人だ。そのことを肝に銘じて行動しなさい」
「はい!」
クリスに深く一礼をして足早に部屋から出て行くノアの後姿を、エマは困惑した様子で見つめていた。
「…クリス様、よろしかったのですか?」
「何のことだ?」
「ノアを遣いに出すには…私には、彼が少々冷静さを欠いているように見えました。ロイド様を想うあまり、無茶なことをしなければいいのですが…」
「――大丈夫だ」
「え?」
そうはっきりと言い切ったクリスに驚いて、エマは思わずその顔をじっと見つめる。
「ノアにはきちんとタイラー家の使用人としての自覚がある。プライドもある。少しばかりは無茶はするかもしれないが、その限度は理解しているだろう」
「クリス様…」
エマは、内心でとても驚いていた。
確かにノアに対するクリスの態度には、彼を信頼し期待している様子が多々見受けられる。
けれどそれでもエマの認識は甘かったらしく、今の発言から、クリスがどれだけノアという人間を買っているか測り知ることができた。
「あれは、いい執事になる」
「―――」
クリスは自分の後継者として――ロイド様やその跡継ぎに仕える執事として――ノアに一目置いているのだ。
「それにもしかすると…ロイド様を本当に幸せにしてくれるかもしれない」
「どういう、意味ですか…?」
クリスの言葉の真意が掴めず、エマは首を傾げる。
それを見たクリスはふっとその口元を緩めて微笑んだ。
「――私の願望も混じった、勘のようなものだ。気にするな」
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