第二十八話「永遠の忠誠」
ノアは静かに二人の話を聞いていた。
男娼であれば、好きでもない者を相手にすることには慣れているだろうし、いい種馬にもなるだろう。
確かに道徳的には疑問だが合理的な考えではあると、ノアは思っていた。
そして、シャーロットと初めて顔を合わせた日。彼女の印象をクリスではなくノアに聞いた理由は、このことが関係していたのかもしれないとも同時に思った。
「…気を悪くするようなことを言っているのは、重々承知している。だが、秘密を知った以上、私は君を手放すことはできない。君がそんなことをしたくないと言うなら…する必要はない。しかし、それでも君をこの屋敷から出すことはできないんだ。――勝手なことばかり、すまない…」
そう言って大きく肩を落とし深く俯いてしまったロイドの背を、エマが慰めるように撫でる。
華奢なロイドの身体がさらに小さく見えて、ノアは想いを改めるように、そっと目を一度閉じた。
「――ロイド様、お顔を上げてください」
「―――、」
躊躇う素振りを見せて、ロイドがゆっくりとその顔を上げる。
交わった空色の瞳は怯えた子供のように揺れていて、そんなロイドを安心させるように、ノアは出来るだけ優しく見えるよう微笑んで見せた。
「そんなお顔をなさらないでください。私は別に怒ったりしていませんし、逃げ出したりもいたしません」
笑みを浮かべたまま、ノアはベッド脇に膝を着く。
「お手をよろしいですか?」
「……ノア?」
戸惑いながらも躊躇いがちに伸ばされるロイドの手を、ノアはしっかりと握った。
そして、少しも捉え違いがなくロイドの心に伝わるようにと、その空色の瞳を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「私は、今の生活をとても気に入っています。そして、この生活を与えてくれたのはロイド様、他ならぬ貴女様です。貴女様がタイラー家の為に私をお使いになると仰るなら、私は喜んでこの身を差し出しましょう」
「―――、」
ノアの言葉に、ロイドが驚きに息を呑む。
「私が貴女様のお役に立てるなら、それがどんなことでも私には幸せなことです。貴女様の為に尽くせるということが、何よりも幸せなのです」
「ノ、ア…」
ノアの真っ直ぐな言葉に、ロイドの声が震える。
「貴女様は私に、非道徳的なことをさせると心を痛めてくださった。私には、それだけで十分なのです」
「っ、」
あの日ロイドに拾われたお陰で、今の自分は人間としての尊厳を取り戻した。
金の為に、と理不尽なことに耐える必要もない、温かな場所を与えてくれた。
それを思えば、伯爵夫人になるだろう女一人を抱くことなど、苦痛でもなんでもない。
むしろ、それがロイドの支えになるならば、喜んで『代理』を務め上げてみせようとさえ思うのだ。
「ロイド様…」
そんな想いを込めて、ノアはロイドの名を呼ぶ。
それが伝わったのか、まるで込み上げる熱を押し留めるように、ロイドがきつく瞼を閉じた。
今にも泣き出しそうなロイドの表情を見るのは二度目で、それでも泣くまいと、強くあろうとする彼女を大切にしたいと、ノアは思った。
「――私はロイド様に、永遠の忠誠を誓います」
そうしてロイドの薄い手の甲に口づけをひとつ落とせば、弾かれたようにロイドがノアの首に腕を回した。
「っ、ありがとう…っ、ノア…!」
「…それは私の台詞です。ありがとうございます、ロイド様」
ノアの首元にしっかりとしがみ付くロイド。
小さな子供をあやすように優しくその華奢な背を叩けば、より一層、強くも弱いこの人を守りたいとノアの心が強く訴えた。
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