第二十七話「身勝手な理由」

 決して起こり得てはいけない万が一のことを考えたとき、この秘密を知っていた者への罰がひどく重いものであることは想像に容易い。


 そんな未来を想像すれば、自然と身体が震えだす。


 それでも、『君に知られてよかった』とまで言ってくれたロイドを想えば、不思議とノアの心から恐怖心が和らいでいった。


「…それから、もうひとつ。私はノアに、まだ話していないことがある」


「―――、」


 先ほどまでの表情とは一変し、急にロイドの口調が重くなる。


「…これを聞けば、君はこの屋敷から出て行きたくなってしまうかもしれない…」


「ロイド様、私は――」


「決して君の忠誠心を疑っているわけではないんだよ。ただそれくらい私は、身勝手な理由を君に押し付けようとしているんだ…」


「………」


 ――何があっても、ロイドのために尽くすという気持ちが変わることはない。


 それを告げようにも言葉を遮られてしまったノアは、ロイドの話を聞いてからもう一度そう告げようと決めていた。


「…私がノアを正式に雇いたいと言ったあの日、君は私にこう聞いた。『なぜ俺なんですか?』、と。――そして、私はこう答えた。『表通りの人間とか裏通りの人間だとか、それで扱いが変わるなどおかしなことだ』、と。覚えているか?」


「――はい。そのあと、ロイド様が裏通りの出身だったと聞かされたときには、思わず自分の耳を疑いました」


「裏通りの人間が表通りで普通に生きていくなど、奇跡と呼べるほどに稀なことだ。あの日の私の答えに偽りはない。奇跡にも近い機会をもっと増やすことができるならと、私はノアをここへ連れて来たんだ」


「………」


「…ただその想いとは別に、身勝手な理由もそこにはあった」


「――ロイド様、」


 まるで懺悔をする者のように顔を苦しげに歪ませるロイドを気遣って、クリスがそっと声をかける。


 それでも自分は大丈夫だと言うように手で彼を制し、首を左右に振ってみせれば。やはり苦しげな表情のまま、ロイドはノアへと視線を戻した。


「私はいつか、タイラー家の当主として妻を娶ることになるだろう。それは私の秘密が知られてしまう危険を伴うが、やはりタイラー家の繁栄を考えれば娶る方がずっといい。……ただ、こんな私とでは、妻は子を為すことができない」


 ただ、世継ぎのことが問題なのであれば、タイラー伯爵夫妻のように養子を迎えるという手もあった。


 ――それでも、ロイドが納得しないのは。


「妻を娶るということは、その者にタイラー家の重荷を背負わせてしまうということだ。ならば私は、その者にせめてできる限りの望みを、幸せを、与えたいと思うんだ…」


 ロイドの妻となれば、子を宿してやることはできない。


 女として生まれたその身体を、満足させてやることもできない。


 与えられるのは伯爵夫人という称号と、万が一のときの重い罪だけ。


「…そこで私は考えた。『ロイド』と取って代われる『男』がいればいいのだ、と」


 その考えは内容が違うだけで、他者に辛い肉体労働を強いる者と同じ考えだった。


「…その為にはどんな女性でも気に入るような美貌を持ち、かつ貴族社会で生き抜けるほどの賢さを持つ『男』が必要だった――妻と子を為すためにも、彼女を女として満足させるためにも」


「――ロイド様の『代理』として、特に客を取っている者を推薦したのは私だった」


 自分の考えを口にすることで、改めてそれが恐ろしいことだとロイドが小さく呟く。


 そして、そんな姿を庇うように口を開いたのはクリスだった。


「そういう者であれば夜伽に慣れていて、どのような女性でも相手ができると判断したのだ」


「………」

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