第二十六話「秘密を共有するものたち」
***
「それから私は男として、貴族として、そしてタイラー家を継ぐ者として、ひたすらに学び生き続けてきた。私の本来の姿が露呈するということは、このタイラー家に世間を欺いた嘘つきの汚名を着せるということ。女の身分がまだまだ低いこの帝国で当主がそうだと知られてしまえば、あっという間にタイラー家はその威厳が失われ他家に乗っ取られてしまう…。それをタイラー伯爵夫妻は承知の上で、私を引き取ったんだ」
タイラー伯爵夫妻のことを想ったのか、ロイドの目は優しく細められ。
そうしてその視線は、ノアのもとへと戻ってきた。
「――これが裏通りの物乞いだった『ロイド・タイラー』の始まりだよ」
「………」
ノアはロイドの秘密を知ってしまった自分を、大きく罵りたい気持ちになった。
その秘密を知る者が増えてしまうことが、ロイドに、タイラー家に、どれほどの危険を与えてしまうのか。
自分に知られてしまったという事実が、どれほどロイドの心に負担を与えてしまったのか。
例え偶然に知ってしまったことだったとしても、完璧に気づかぬふりを続け、そのまま死ぬまで自分の秘密として抱えておくべきだったのだと、ノアは思った。
「―――」
けれど、それと同時に湧き起こった感情があるのも、また確かだった。
一人の人間としての信頼。
自分を拾ってくれたことへの忠誠心。
友人だと言ってくれたことへの友情。
そして何よりも、大きな秘密を抱えたまま前へと歩き続けるロイドを守りたいと思った。
その負担を、少しでも軽くしてやりたいと思った。
だからこそ、自分がロイドにかけるべき言葉は――。
「――私は、どこまでもロイド様の味方です」
「ノア…」
「貴女様が険しい道を行くことをお選びになるというなら、私はそれを支える杖になりましょう」
「………」
「最期まで、ロイド様の傍で仕えさせてください」
「……ありがとう、ノア」
そのふわりと微笑んだロイドの顔は今にも泣きだしそうで。けれど、嬉しさが滲み出ていた。
「このことは君とクリス、それからエマの三人しか知らないことだ。クリスの家は代々タイラー家に仕える家柄でね。タイラー伯爵が一番に信頼を寄せていたクリスのお父上と、そして私の執事となるクリスに話したんだ」
「――私はタイラー家にお仕えているというよりも、ロイド様にお仕えしているのです」
「ふふ、そうだったね。そう言ってくれて嬉しいよ、クリス」
クリスの下で働いているノアは、そのロイドへの忠誠心がどれほど強固なものか感じ取っていた。
だからこそ、クリスの言葉に少しも嘘偽りがないことは、すぐに分かった。
「エマはタイラー伯爵が私のためにと、幼い頃に新しくこの屋敷に迎えてくれた使用人なんだ。エマのお陰で何の差し支えもなく生活できていると言っても過言じゃない」
「ふふっ。ロイド様ったらお上手ですね」
よく考えれば、男の主に女の使用人が専属でついていること自体が不思議なことだった。
男の主には執事が、女の主には女の使用人がつくのが一般的であるということを、ノアは使用人になってから学んだ。
稀に男の主が女の使用人を専属に持つことがあるが、それは夜の相手を意味する方が強いのだと言う。
ロイドとエマの関係性を見る限りそれはあり得ないだろうと考えていたノアは、それ以上の理由があることに気づかずに過ごしていたのだ。
「――ノア。私はこの秘密を打ち明けることで、君に余計な重荷を背負わせてしまった。この屋敷にいる人々を、タイラー家の責任を、君に分け与えるような形になってしまった。本当に申し訳なく思う…」
「ロイド様…」
「だが、ノアが私の傍にいてくれると言ってくれて心底嬉しかった。君に知られてよかったとさえ、思ってしまった」
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