第二十五話「ロイド・タイラー」
「いい、こ…なる。から、すてない、で」
ぐっと眉を寄せ、今にも泣きそうな顔をしているサラに、困ったような顔を見せるタイラー伯爵。
「――君は女の子、なんだね?」
「………」
サラが黙って頷けば、そうか、と小さくタイラー伯爵が呟いた。
――この人たちは、男の子がほしかったのだ。
確かにサラぐらいの年頃の子供など、見た目だけで男女の区別をつけるのは難しいだろう。
ましてや裏通りに住む子供は、ほぼ全員がやせ細っている。
さらに、サラはその髪を切られたすぐということもあって、見た目だけで女だと見分けるのはとても難しかっただろう。
――やはり、自分などではだめなのだ。
しばらく続く沈黙の中、サラは心の中でそう結論付けた。
そうならば、自分がここにいる意味はもうない。今すぐにでも、ここから出て行かねばならない。
そう思って、椅子から立ち上がろうとしたときだった。
「――サラ。私は君を捨てたりなどしないよ」
「………」
予想外の柔らかいタイラー伯爵の声に、サラは俯いていた顔を上げる。
見上げた先の顔は出会ったときとなんら変わりなく、優しい微笑みを浮かべてサラを見つめていた。
「ただし、サラ。君は私と、とても厳しい約束をしなければならない」
「やく、そく…」
「そうだ。もしこの約束を破ってしまえば君はここにはいられなくなってしまうし、私たちもここにはいられなくなってしまう」
「………」
「それくらいとても大切な約束だ。守れる自信は、あるかい?」
「………」
しっかりと頷いて見せたサラに、タイラー伯爵も黙って頷き返した。
「いいかい、サラ。今日から君は、男の子として生きなければならない。君が女の子だと言うことは、絶対に誰にも言ってはいけない。いつか君が命を終えるそのときが来ても、決して誰かに言ってはいけない」
「………」
自分の本来の性別が露呈することが、どうしてそれほどまでに大きなことになるのか。
そのときのサラにはよく分からなかったけれど、タイラー伯爵の真剣な表情、タイラー夫人のどこか緊張した表情を見て、これが死んでも守らなければならない約束だということだけは分かった。
「もう、サラだと名乗ってもいけない。君の名前は…そうだな、ロイド。今日から君は、ロイド・タイラーという男の子として、私たちの子供になる。そして将来は、この家を継いでいくのだよ」
「…ロイド…タイラー」
「そうだ。これからよろしくな、ロイド」
「よろしくね、ロイド」
そう言って差し出された大きな手は、掴むと温かく。重ねられた小さな手に、タイラー夫妻は包み込むような穏やかな笑顔を浮かべた。
それはサラ――ロイドにとって、一生忘れることのない二人の姿だった。
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