第二十三話「伯爵夫妻からの提案」

 それから使用人に連れられて湯浴みをさせられ、驚くほどに着心地のよい服を着せられる。


 その際に、身体中にできた痣を見たタイラー夫人がとても悲しそうに眉尻を下げながら手当てをしてくれた。その子供は『大丈夫だ』と伝えたかったのに、それを口にすることはできなかった。


 どうして彼女がそんな顔をするのか。


 どうして自分は大丈夫だと伝えたいのか。


 その理由が分からなくて考えている内に、その言葉を告げる機会を失ってしまったのだった。


 そして、次にタイラー夫人に連れられて来たのは、上等そうな調度品や家具で飾られた部屋だった。


「お腹が空いているだろう?思う存分に食べるといい」


 その部屋で待っていたタイラー伯爵の隣の席に、温かそうに湯気を上げた食事が並んでいて。部屋中を包むおいしそうな匂いに、その子供は思わず喉を鳴らした。


「遠慮しなくていい。これは全て、君のための食事だ」


「………」


 その子供はぺこりとタイラー伯爵に頭を下げて、タイラー夫人に手を引かれるままに料理の前の椅子に座る。


「そのまま飲むと熱いから。スプーンで掬って飲むといいわ」


「………?」


 目の前に置かれたスープ皿に手を添えて、そのまま持ち上げて啜ろうとすればタイラー夫人の手が優しくそれを制し、スプーンの使い方を教えてくれる。


 そしてぎこちない仕草でスープを口に入れれば、今まで口にしていたものとは比べ物にならないほどのおいしさに、その子供は目を輝かせた。


「ふふふ、おいしい?」


 タイラー夫人の問いに何度も頷きながら、その子供は目の前の食事をとにかく口の中へと入れてゆく。


 手に取ったパンは温かく柔らかくて、噛めばじんわりと広がる甘みがおいしい。温かな料理がこんなにおいしいものなのだと、その子供は初めて知った。


 マナーも何もなく、次々と料理を平らげてゆくその子供の姿をタイラー夫妻は嫌な顔どころか、嬉しそうに微笑みながら見つめていた。


「―――」


 その子供が食事を終えれば、使用人たちが手際よく食器を引いて部屋から出ていく。


 そして使用人たちがいなくなったところで、それを観察するように見つめていたその子供と向かい合った椅子にタイラー夫人は腰を下ろした。


「――これから、大切な話をしてもいいかな?」


 タイラー伯爵の言葉に、自分はこれからどうなるのかと、その子供はふと思った。


「実はね、君に、私たちの子供になってほしいのだ」


 そして告げられた言葉がうまく理解できなくて、何の反応も示すことができずにただ呆然とタイラー伯爵の顔を見つめていた。


「無理にとは言わないよ。君さえ良ければの話だ」


「………」


「私たちはずっと子供を授かることができなくてね。君が私たちの子供になってくれると言うなら、もちろん君の生活は保障する。もう無抵抗に蔑まれる必要も、その日の生活に困ることもない」


「………」


「けれど反対に、今までとは違った困難が君を待っている。君は伯爵家の人間として相応しい立ち振る舞いを身に付けなければならない。毎日が勉強漬けの日々になることは明言しておこう」


「………」


「どうかね?君の意見を聞かせてくれないか?」

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