第十四話「温室の二人」

 ――髪が綺麗な子だな。


 それが、ノアがシャーロットに持った第一印象だった。


 少し癖のある栗毛は豊かで、艶やかに波打ちながらシャーロットの腰元まで伸びていた。顔は目が大きく、美少女だと褒めたたえるほどではないにしろ、十分に美しいと言える造りだった。


「こちらこそ初めまして、シャーロット嬢。ロイド・タイラーと申します」


「ははっ。シャーロットはすっかり緊張してしまっているな。庭に席を設けてある。まずはお茶会としよう」


 フルード伯爵のあとに続き、しっかりと手入れされた庭へと足を踏み入れる。その先でもフルード家の使用人に出迎えられ、四人でのお茶会が始まった。


 当然ながらクリスとノアは、ロイドの後ろに控える形となる。


「――あのときのシャーロットはいつ思い出しても可愛らしいよ、本当に」


「お、お父様…!何もタイラー伯爵の前でそんなお話をなさらなくてもいいではありませんか…っ」


「そうですよ、あなた。でも、あなたのお気持ちも分かりますわ」


「お母様まで…!」


「ふふっ。シャーロット嬢の社交界デビューを見逃してしまうなんて、惜しいことをしました」


「あの時は確か、仕事で国外に出ると言っていたかね?」


「ええ。せっかくご招待いただいたにも関わらず、その節は申し訳ありませんでした」


「いや、気にすることはないよ。貴殿の働きぶりを見れば、納得もいくことだ」


 四人でのお茶会は終始和やかな雰囲気が続き、シャーロットの緊張も少しずつ解けてきていた。


「――そうだ。今、温室の花が見頃でね。ぜひ一度、見てもらいたいと思っていたのだよ」


「フルード邸は庭も美しいので、楽しみです」


「シャーロット、タイラー卿を案内して差し上げなさい」


「っ、」


 突如として降ってわいた大役――二人きりにさせてやろうという親心に、シャーロットの緊張がまた高まる。


「シャーロット嬢がよろしければ、ぜひ」


「…はい」


 フルードの想いを汲んだロイドが控えめに誘えば、シャーロットは嬉しさと困惑が半々といった様子で、俯きがちに頷いてみせた。


「――ノア。ここはお前が着いていきなさい」


「クリス様は、」


「私はフルード夫妻のお相手を」


「かしこまりました」


 フルード邸の敷地内とはいえ、未婚の男女を二人きりにさせられるはずもなく。ロイドとシャーロットのあとに、ノアとフルード家の女使用人も続いた。


 フルード邸の温室は、花に疎いノアでも見事だと思えるほどに、美しく色鮮やかな花々が咲き誇っていた。


「花のいい香りがしますね」


「はい。少しもったいなくもありますが、紅茶をここの花と一緒に淹れると、濃厚な香りになって美味しくなります」


「もしかして、今日の紅茶も?」


「はい。気に入っていただけましたでしょうか?」


「ええ、とても」


「…よかった。よろしければ、花をいくつかお持ち帰りになりますか?」


「いえ、こうして咲き誇っている姿も美しいですから、このままにしておきましょう。温室と紅茶と、フルード邸に訪問する楽しみが増えました」


「………」


 それはまた、自分に会いに来てくれると自惚れてもいいのだろうかと、シャーロットはふと思う。


 しかし、そんな想いを素直に口に出せるほど、彼女は大人でもなく子供でもなかった。

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