第十二話「対等な友人」

「―――」


「そんなに驚くようなことだったか?歳も出身も同じだし、私たちならいい友人になれると思うんだが」


「―――」


「ノア?」


「っ、それは無茶なお願いというものです、ロイド様…!」


「………」


 ノアの強い拒否の言葉に、ロイドの表情は曇った。


「今や私たちの立場は大きく違います。ロイド様のご友人など、私には過ぎた立場です」


「…たまたま私がタイラー伯爵夫妻に拾われて、私がノアを拾った。それだけの違いだ。もしかしたら、私たちの立場が逆転していた可能性だってある」


「それは可能性の話です。しかし、事実はひとつしかありません」


「………」


「私は使用人としてロイド様のお傍にいます。それではご不満ですか?」


 ノアは、本当にロイドに拾われたことに心から感謝していた。


 あのまま裏通りで客を取り続けていれば、いつか身体を壊していただろう。そうなれば、満足に客を取ることができなくなって収入を得ることもできなくなる。


 その先で待っているのは、餓死しかなかったのだから。


 ロイドの願いはとても嬉しく、褒美とも思えるものだった。けれど、自分の命の恩人とも言える存在のロイドへこの感謝の気持ちを返すには、深い忠誠を誓い、最期まで仕え続けることだとノアは思っていた。


「――ここまで来るのに、随分と苦しい思いをした」


 ロイドは過去を回想しているのか、どこか遠くを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「亡くなったタイラー伯爵夫妻も周りの使用人たちも、とてもいい人たちばかりだった。けれどやはり、根本的なものが違うんだ。…思いが通じないときもあって、それが…苦しかった」


 ロイドのこの苦しみはきっと、今まで誰にも打ち明けられることはなかったのだろう。


 例え打ち明けたとしても、同じ出身の者にしか理解し得ない思いゆえに、結局伝え切れないことがロイドを苦しめていただろう。


「しかし、ノアとなら分かり合えると思ったんだ。だから君に友人になってほしかった。だが…そうだな、私は少し望み過ぎたようだ」


 そう笑ったロイドの顔がひどく寂しげで、ノアは自分の言葉を呪った。


 貴族として恥じない人物になるために、多くの努力をしてきたであろうロイドに誰よりも尊敬の念を抱いていたのは自分のはずなのに。それを見失った結果、ロイドに寂しそうな顔をさせてしまった。


 そんな顔をさせたかったわけではなかったのだと、ノアは心の中で言い訳をする。


「――ロイド、様」


「ん?どうした?」


「その……私などでよろしければ喜んで…ロイド様のご友人に志願したいと思います」


「―――」


 ロイドの空色の瞳が、驚きで見開かれる。


「志願などと、随分と物騒な物言いだな」


 しかし、次の瞬間には嬉しそうに細められ、ロイドは微笑みを零していた。


「ありがとう、ノア」


「…いえ」


「では、私のことはロイドと呼ぶように」


「はい?」


 次にノアが見たロイドの空色の瞳は、愉快そうに細くなっていて。


「私たちは友人なのだろう?友人同士は、そんな固い呼び方はしないはずだ」


「し、しかし…」


「敬語も不要だ。それでは友人とは呼べないだろう?友人とは対等であるべきだ」


「………」


「ノア」


 にっこりと、自分の魅力を分かっていてやっているのだと思いたくなるほどの満面の笑みを、ロイドは惜しみなく見せる。


「……かしこま――、…分かった」


「よし」


 それは、完全にロイドのペースに呑まれた瞬間だった。


 それでもロイドの嬉しそうな笑みを前に、ノアの心には後悔よりも選択を誤らなかったことへの達成感が広がっていた。

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