第五話「若き伯爵」
「今からいくつか君に質問するが、不躾なことを聞くかもしれない。どうか気を悪くしないでほしい」
「………」
――別に自分が気を悪くしようがしまいが、お貴族様には何の関係もない。
それは、少年を見る目が変わってしまったノアの本音だった。
「まずひとつ、君は裏通りの人間で間違いないか?」
「………」
ノアは黙ったまま頷く。
「どうやって生活をしている?」
「…客を、取っています」
「どこかの店で働いているのか?」
「いいえ」
「では、歳はいくつになる?」
「十九になります」
「そうか」
「………」
何かを考えるように視線を下げた少年を、ノアは心の中で笑う。
どこかの店に所属している人間より、一人で生計を立てている人間の方が都合のいいように扱える。それは、ある日突然いなくなったとしても、誰の迷惑にもならないからだ。例え店に所属していたとしても、金さえ払えば同じことなのではあるが。
――無駄に金を払う必要がなくて良かっただろう?
「―――、」
そんなノアの心の声が聞こえたのか、少年は苦笑をしてみせた。
「先に言っておくが、私には君を買うつもりなどないよ」
「………」
では、『飼う』つもりなのか。
表面上は一切の乱れのなかったノアの顔は、次の瞬間に崩れ去ることとなる。
「私は君を、正式に『雇用』したい」
「……は?」
裏通りの人間に、そんなうまい話が来るわけがない。絶対に何かしら裏があるに決まっている。信用できるわけがない。
ノアの訝しむ目つきには、そういった感情がありありと表れていた。
「この屋敷に使用人として君を迎え入れたい。もちろん、この屋敷で生活してもらわなければならないが、報酬はきちんと払う。それから、使用人としてのマナーや教養の勉強もしてもらう」
「………」
「客を取ることにもいつか限界が来るだろう?ここなら客を取る必要はない。この屋敷のために働いてくれるだけでいい」
「……それで、貴方様の相手をしろと?」
もはやノアには、少年への嫌悪感を隠すつもりなどなかった。
「その必要はない。私に男色の気はないよ」
「………」
そう困ったように笑う少年の顔は、とても嘘をついているようには見えない。
しかし素直にこの提案を受けるには、裏通りの人間にとっては夢のまた夢のような出来過ぎる話だった。
もしかしたら夜の相手ではなく、後暗い仕事をさせるための駒なのかもしれない。裏通りの人間を『雇用』する意味を、ノアは考え続けた。
「君が疑うのも仕方ない。突然こんな話を持ちかけられれば、誰だってそうなるだろう」
「………」
「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったな。遅くなってすまない。私は、ロイド・タイラー。女王陛下から伯爵の地位を賜っている者だ」
「伯、爵…?」
どう見てもノアにとって、少年――ロイドは自分より若いもしくは同じくらいの年頃に見える。
驚きを隠せないノアの様子に気分を害する様子を見せることもなく、ロイドは小さく笑ってみせた。
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