第三話「踏み入れた貴族の屋敷」

***


「――どうなってんだ、これ」


 しばらく馬車に揺られ、大きな屋敷へと連れて行かれたノア。


 そうして何の説明もなく少年は屋敷の使用人たちに湯浴みの用意をさせ、それが自分のためのものだと気づいたときには、ノアは既に服を奪い去られたあとのことだった。


 湯浴みや着替えを手伝うと言い出した使用人たちを押し退け、一人で用意された服に着替え、鏡の前に立つ。これまた上質だと分かるそれに、なぜ自分がこんなものを与えられているのか全く理解できなかった。


「………」


 しかし、ひとつだけ、ふと思い当たった。


 あの少年の態度からその可能性は低いと思っていたが、こんなにも良い待遇をされる理由がノアにはこれしか思い浮かばなかった。


 ――あの少年は、自分を飼うつもりなのだろうか?


 今の時代、男色家など珍しいものではない。少しでも見目のよい裏通りの人間は、男女問わず夜の相手として金持ちに飼われる者も多くいた。


 もしそうであれば、もはやこの屋敷から逃げ出すことなどできないだろう。


「―――」


 一応の生活が保障され、あのような綺麗な少年の相手にされるなら、それも悪くないのかもしれないと考えたときだった。


 ――コンコンコン、


「お着替えはお済みでしょうか?」


「っ、はい」


 ノックの音と共に、心地よい低い声が問いかける。


 ノアが返事をすればその部屋の扉がゆっくりと開かれ、執事服姿の壮年の男が姿を見せた。


「どうぞこちらへ。主のもとへご案内いたします」


 男が綺麗に一礼をしても、そのかっちりと整えられた栗色の髪は乱れることはなく。そのあとに交わった葡萄色の瞳がやけに真っ直ぐで、裏通りの人間である自分を推し測っているように思えたノアは、思わず視線を逸らしてしまった。


 そうして男のあとを追って、廊下へと出る。


 ほどよく靴音を吸収し、けれど決してその歩みの邪魔をすることのない絨毯。質素なのにどこか品の良く壁に掛けられた絵画や、廊下に活けられた花々。


 どれも目にすることのなかった光景に目を奪われながらノアは、一際重厚な造りの扉の前に立っていた。


「―――」


 男が扉をゆっくりと開く。


 そのすぐ先であの少年が、待ちわびていたように薄く笑みを浮かべながら立っていた。


「お連れいたしました」


「ありがとう、クリス。二人とも入って」


 ノアが恐る恐るその部屋へ足を踏み入れれば、その後ろで男が、来たときと同じようにゆっくりと扉を閉める音がした。


 そして少年はというと頭の天辺から爪先までノアを見て、満足そうに頷いていた。


「――やはりね。私の目に狂いはなかったようだ」


「……は?」


「さあ、椅子に座って。手当てをしよう」


 理解不能な少年の態度に思わず無礼な反応を返してしまったノアに、咎める声が聞こえてくることはなく。


「………」


 ノアは言われた通りに、柔らかそうな椅子の上に腰を下ろした。

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