04.死がふたりを分かつまで
どちらかが死ぬ...?
しかし、最初のお題が表示された時ほどの緊張感は俺には感じられなかった。
「なぁ、ココル。これも愛を深める為のお題なんだろ?本当に死ななくても達成できるはずだ。」
多少の動揺はあるものの、平然とココルに尋ねる。
「いんにゃ。このお題は文字通り、どちらかが死なないと出られないにゃ。」
尻尾を左右に揺らしながら淡々と続ける。
「このお題を終えるまでは心電図をつけてもらうにゃ」
ベッド脇にどこからともなく心電図が現れた。
そして、心電図の機械の上にはナイフが置かれている。
それで死ねって事か。
「心電図を付け終えたらスタートにゃ。それじゃあまた来るにゃ。」
ココルは次に来る時にはどちらかが、死んでいるのだろうか。
そんな事を考えながら、徐ろに心電図へと手が伸びるていた。
「ねぇ、ちょっと待ってよ!」
メイの言葉に反応し体が静止する。
「コレ付けたら始まるんだよね...今度は本当に死んじゃうかもしれないんでしょ...嫌だよ...」
メイは目に涙を浮かべながら訴えかけている。
それでも俺は心電図の準備を始めた。ご丁寧に取り付け方法と操作方法がココルのイラスト付き冊子で分かりやすくまとめられていた。
ふざけやがって。そう心の中で呟きながら自分の身体へ心電図の機器を取り付けていく。
「ねぇ、待って、お願い...一回話そうよ...」
メイはかなり動揺していたが、俺は耳を傾けず機器の取り付けを終えた。
自分が出す答えは決まっているからだ。メイを死なす訳にはいかない。
「ほら、メイも付けて」
俺の腕を払いのけ、嫌がるメイを身体で抑えつけ、服をたくし上げ機器を取り付ける。
先ほどの自分とは打って変わって冷静だ。愚息すら反応しない。
取り付けが終わると、機械音が部屋に響いた。二人の心電図は問題なく機能しているようだ。
死ぬのは怖い。でもあまり時間をかけると更に恐怖は増すだろう。
メイを落ち着かせて、さっさと死んでしまおう。
彼女と少し距離をとりベッドに腰掛ける。
「本音を言うと死ぬのは怖いよ。でもメイが死ぬのを見るのはもっと怖い。ほんの数時間だったけど、俺はメイが好きなんだ。だから生きてこの部屋を出てほしい」
なるべく穏やかに、不安にさせる事のないように伝えた。
「私だってユウタくんに死んでほしくない!」
目に浮かべた涙を溢しながら、その瞳は真っ直ぐと俺を見つめている
言葉が出てこなかった。二人とも死にたいだなんて思っていないのだから。
メイの真っ直ぐな目線が痛く、思わず視線を逸らしうつむいた。
数秒だろうか、体感にして10分程の時間が経過したように思えた。
聞き馴染みのある猫の声が部屋に響く。
「ユウタ。本当に愛が深まったんだにゃ。ユウタは本当に馬鹿にゃ。」
ココルは姿を見せず、まるでスピーカーから流れるように部屋中にココルの声が充満する。
「ユウタ、これを見て思い出すにゃ。メイもよーく見るにゃ。」
ココルが言い終えると同時に、白い壁に映像が映し出された。
8mmフィルムで撮影したような粗くざらざらとした質感の映像には学生服を身に纏った俺の姿があった。
楽しげに学友と話している様。その先にいる女子生徒の集団。
見覚えがある。頭にかかったモヤが晴れるように思い出す。
学年でも悪目立ちするような集団で、煙草や酒、パパ活なんかもしているという噂も耳にしたことがあった。
学校でのいじめは的を変えては繰り返し行われるほど日常茶飯事だったが、
女子集団の一人が市議会議員の娘との事もあり、先生も見て見ぬ振りをしていた。
映像で見るその集団には今ではハッキリと分かる、綺麗な瞳に透き通る白い肌。肩にかからないショートヘアの持ち主がいた事を。メイだ。
学校では話した事すら、気付きもしなかった集団にメイは属していた。
映像が切り替わり、女子トイレを天井の定点カメラで撮っている様な画角で映し出されている。
一人の女子生徒を先ほどの集団が囲んでいる。そこにはメイと思わしき人物もいた。
音声は聞こえないが、映像が進むと集団の一人が女子生徒に蹴りをいれている。
見るに堪えない映像で目を背けたくなった。
しかし、暴力を振るわれている女子生徒の顔を視認した時、驚愕した。
幼馴染のルカだった。
ルカとは幼稚園からの幼馴染だった。
家は歩いて二分とかからないほど近所で、親同士も仲がよく、中学校に上がるまではよく一緒に遊んでいた。
小学2年生の頃、俺の両親が離婚した。
母の浮気だった。
俺は父親に引き取られ、仕事で帰りの遅くなる父親が置いていくお金でコンビニ弁当を買い一人で食事済ませる事が増えていった。
それを見兼ねたルカの両親が家に招いてくれて、食事を振る舞ってくれた。
父親が遅くなる日には親同士が連携を取り、ルカの家で食事取る生活が続き、まるで家族ように俺に接してくれた。
そんなルカの家では猫を一匹飼っていた。
猫が大好きで、口癖のように猫になりたいと言っていた。
小学6年生の頃、一度その理由を聞いた事がある。
「えー可愛いじゃん。それに自由気ままな感じも好き。僕も自由気ままになりたーい」
「あー確かにな」
「それにね、お母さんが言ってたんだけど、猫に九生ありって」
「なにそれ」
「なんか、猫は執念深いから、死んでも何度も生き返るという意味らしいよ」
「ちょっと格好いいな」
「でしょ!」
嬉しそうにした答えた後、ルカの顔は無邪気な笑顔を浮かべた
中学校に入学後は父が再婚し、ルカの家での食事は無くなった。
同じクラスになる事もなく、学校での会話は減り、二人で遊ぶ事もなくなっていた。
たまに登下校の時間が一緒になった時には空白の時間なんて無かったかのように、
当時のまま言葉を交わす仲だった。
その関係は高校生になっても変わる事はなく、
登下校時も変わらず話をする仲だったが、いじめを受けている事は一度も聞いたことがない。
しかし、ある日ルカは自ら命を絶った。
その後を追うようにルカの両親もその生命を終わらせた。
葬儀では18年間で一番涙を流した事も鮮明に思い出す。
後から聞いた話、いじめがあったのではないかと噂レベルでは耳に入っていた。
だが、あの時はあくまで噂の域を超えておらず、今までいじめを受けていた者が死に至る事はなく真に受けてはいなかった。
ただ、不可解な点はあった。
ルカの両親はルカの死後、何度か学校に足を運んでいた。
俺の父と義母も心配からルカの家に通っていたが、帰って来た時は何か淀んだ雰囲気が家に充満するのを感じた。
それは全ていじめを受けていたルカを想い、行動した両親だったが、学校に相手にされず、身も心も蝕まれていったのだと今思うと合点がいく。
映像が終わった。部屋を静寂が包んでいる。
「ごめんなさい...ごめんさない...私、皆がやってたから、だから...」
青ざめた表情でメイは呪文を唱えるように小さく続けた。
「死ぬとは思わず...本当にごめんなさい...」
この数時間では見たこともないメイの表情だったが俺の心は動かなかった。
俺は知っている。メイは笑っていた。
ルカが亡くなる前の日も、亡くなった日も、葬儀の時も、その後も。
「くそが」
俺は言葉を溢し、徐ろに立ち上がり心電図の上に置かれたナイフを手に取った。
メイがベッドから立ち上がり逃げようとしていたが髪を掴み、ベッドに叩きつけた。
何かを必死に伝えているようだったが、その言葉は俺には届いていなかった。
迷わずナイフを胸に突き刺す。
肉を貫通し、骨に当たる感触を何度も何度も繰り返し行った。
返り血など気にもならなかった。
そして、既に部屋の扉は開いていた。
何十回目にはナイフを突き刺し、動きを止めた。
ベッドに座り直し、無為に過ごした。
するとココルが現れ、膝の上に乗り話始めた
「ユウタの愛を感じたにゃ。ありがとうにゃ」
その言葉には懐かしい感覚に覚えた。
「嘘つけ、俺が愛に裏切られる事へのトラウマを利用したんだろ」
ココルを撫でながら、悲惨な状況とは裏腹に落ち着いた声色で応える
「ユウタは優しいにゃ。僕の復讐だけじゃ人を殺せないにゃ」
俺は虚空を見つめながら、ココルをゆっくり撫でていた。
「自由気ままになれそう?」
「そうにゃーまだ分からないにゃ。ユウタも一緒にどうにゃ?」
「それもありだな。」
俺は虚空を見つめるのやめ、メイに胸に刺さったナイフ抜き手に取った。
〇〇しないと出られない部屋から愛を込めて 武井とむ @thomas_film
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