XX5:地下倉庫

 弊社は、ビルのワンフロアを間借りしている。

 俺が勤めているのは営業支社であり、本社は他県にあるのだ。全体の規模もそんなに大きくはないが、支社に勤務している人数は更に数えられる程の人数である。


 俺たちが借りているフロアはそこそこ上の方の階であるが、それとは別に倉庫エリアにも借りているスペースがある。フロアに入りきらない、備品などを収納する為である。


「地下倉庫、ですか?」

「うん。すぐに使うものではなかったからね。入ってすぐ右の方の棚にあるはずだ」


 小内に尋ねられたのは、あんまり使わない過去の書類の所在だった。今抱えている仕事で、昔の資料を参照したいらしく、まだ社内にあるならば取りにいきたいのだという。

 保管期間内の昔の書類は、まとめて地下の倉庫エリアに置いてある。鍵さえあれば社内の人間ならば入れるし、彼女の探している書類はそれほど奥まった場所にはない。だから、彼女が俺の返答に、少し困ったような表情を浮かべたのは意外だった。


「何か、気になることでもある?」

「いえ……その、地下倉庫なんですね」


 彼女は言葉を濁す。それから、少し恥ずかしそうに小声で付け足した。


「この前、金森さんたちとお話していたことを思い出してしまって……開かずの倉庫の話をしていたんです」

「開かずの倉庫?」

「はい。ビル清掃のおじさんから聞いた話みたいです」


 思わず、俺は妙な表情を浮かべてしまった。相変わらず、金森はよくわからない顔の広さをしている。


 開かずの倉庫というのは、このビルの倉庫フロアにある部屋のひとつのことを指しているらしい。倉庫フロアは、小部屋がいくつも並んでいて、テナントごとに貸し出されている。その中にひとつだけ、どこの企業にも貸し出されていないのに、鍵のあかない部屋があるらしい。


「マスターキーが、ビルの持ち主の元には必ずあるはずだっていうんです。でもその部屋だけは、決してあかないようにマスターキーすらどこかに隠されているらしくて」

「理由は?」

「さあ……? おじさんが推測するに、昔にその部屋で何かよくないことがおきたんじゃないか……って。でも問題は、開かないことじゃないんですって」


 小内は、俺の顔色を見るようにしながら、ひっそりと呟いた。


「その開かずの部屋から、時折、何か物音がするらしいんですよ。開かず、なので誰かが中にいるわけではない。なのに、音がするなんて……って」

「………………聞き間違いじゃないのか?」


 ひねり出した俺の言葉に、彼女は肩を竦めた。


「まあ、噂ですから本当のことかどうかは、わからないですけれど。でも、こんな話をきいた後に地下倉庫とは気がすすまないなって思っちゃいました」



そう言うと、彼女は席を立つ。


「よく考えると、おかしな話ではないですよね。こんなに古いビルですから、何か過去に事件があったとか言われても納得してしまうし。あ、あれも有名な話ですよね。一階の男子トイレの個室に、古びた御札が張ってある話。もちろん私は男子トイレには入ったことがないので、確認していませんけれど。あからさまに御札が張ってあるトイレに入るよりは、倉庫の方がまだ怖くはないかなあ」


 そういうと、小内は倉庫へと降りていった。

 残された俺は、少し遅れて呟いた。


「男子トイレの御札って、何?」


 この会社に勤め始めてそれなりになるが、そんな話を聞いたのは始めてである。倉庫よりも、そちらの方が気になる。ぜひ教えてほしい。


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