XX3:ホラー映画
夏もとうに過ぎたというのに、こういう話はどうにも、人を惹き付けてやまないらしい。
「ホラー映画?」
聞き返すと、
「そうなんですよぉ、Aくんが主演で今月末から公開なんです!めっちゃ楽しみなんですけど、あたし、ホラー得意じゃないから心配なんですよね。誰か、あたしより先に観て怖さレベルを教えてくれる人がほしいんですよ。外村さんは好きですか?ホラー」
「ダメじゃないけど、特別好きってわけでもない」
「ええっ得意そうなのに。夜中に一人でじーっと見てそうなのにー」
得意そうってなんだ。そのイメージは一体、俺のどこから連想したものなのか。
突っ込みたくて山々であるが、当の金森は俺の反応をまるで気にしていない。口を尖らせて、困ったなあと呟いている。
金森は、営業アシスタントだ。俺にとっては後輩社員にあたるが、小内にとっては先輩社員。社交的で、賑やかで、お喋り。落ち着きはないが愛嬌があるので客先からは好評だし、仕事も卒なくこなす。俺は彼女と組んで仕事をしたことはないので、合間の雑談くらいでしか関わることはない。だが小内は、随分彼女に懐いているらしい。
そこまで考えて、ふと思い付いた。
「小内は、ホラーとかどう?」
小内とのたまの雑談に交じる、ちょっとだけ不気味な話を思い出したのだ。視線をを隣に向けると、急に話を振られた小内が驚いたように目を瞬いた。金森と俺の視線を受けると彼女は、おっとりと口を開いた。
「……嫌いでは、ないですけど」
「小内ちゃん、ホラー大丈夫なんだ!?」
「そうですね。びっくりはしますけれど、怖いとかはそんなにないです」
金森が尊敬の眼差しを小内に向ける。それから「それなら!実はこんな話があって!」と金森が更にテンションを上げて話し出した。
「あのね、この映画本当にすごいらしくて。撮影中何度も、出たんだって」
「…………出た?」
不穏な単語に、俺は咄嗟に眉を顰めた。だが金森は、にやにやと笑みを深めて頷いた。
「心霊現象です!なんか、誰もいない部屋で勝手に電気が消えたり、撮影カメラに妙なものが映ったりとか……しかも撮影地、この会社からも結構近いらしくて……」
「それ、本当にやばいやつじゃん。映画大丈夫なわけ?」
「Aくんが、ちゃんとスタッフ全員でお祓い行って、無事にクランクアップしました!ってSNSで言ってたから大丈夫です!」
何故か自信満々に胸を張る金森の横で、小内は金森が差し出したスマートフォンの画面をじっと見ている。映画のあらすじのようだ。
「結構、面白そうですね」
「思ったより怖そうじゃないか?」
「私は、お化け屋敷とかはまったくダメなんですけど、画面越しなら大丈夫なので。映画、ちょっと見てみたいです」
「わー!小内ちゃん、心強い!そうだ、もし映画見たあとで良かったら、映画で使われた場所も一緒に行ってみるっていうのどうかな?!ちょっとした心霊スポットみたいな感じでネット上で話題になっててね……」
「ちょっと、金森」
案外乗り気の小内を金森が良からぬ方向へ誘導するのを感じて、俺は慌てて口をはさんだ。
「心霊スポットは、気軽に誘うものじゃないと思うぞ。何かあってからじゃ遅いし、それに金森自身はそういうの苦手なんだろう。小内だって、画面越しじゃなくて実際にそういうところに行くのは苦手なんだろう。小内も、いくら相手が先輩でもちゃんと断れよ」
「外村さん……」
小内がゆっくり目を瞬く。金森も、俺の言葉に「えーん、ごめんなさーい」と反省するような声を上げた。
やれやれ、と思いながら俺は落ち着いたらしい二人に、一言付け足す。
「そういうの、話していると寄ってくるっていうしな。心霊スポットとやらにいかなくても、今にも向こうから来てくれるんじゃないか?今夜が楽しみだな」
にやっと俺が笑うと、金森は目を見開いてぶるりと身体を震わせた。そういえば金森も、一人暮らしである。ホラーが駄目らしい彼女は、今日家に帰って今の話を思い出して、無事に寝付けるのだろうか。
同じことを考えたらしい金森は、情けない悲鳴を上げた。
「外村さん、ひどいです!」
余談ではあるが、結局小内と金森は週末に連れ立って映画に行ったらしい。思ったほど怖過ぎもせず、存分に楽しめたということだった。
しかしホラーファンの間では、その作品は別の意味で高い評価を受けた。あるシーンに、意図的ではない、知らない女の囁き声が入ってたからだと言われている。
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