XX2:電話応対

 受話器を耳に押し立てたまま、小内は曖昧な顔で首を傾げていた。

 口を開くでもなく、じっとしている。まるで聞き耳を立てているのかのようだった。しばらく黙ってそうしていたかと思うと、一言「失礼しますね」と呟いてようやく彼女は受話器を置いた。


 躊躇いつつ、というような一連の動作はなんだかギクシャクして見えた。そして受話器を置いても尚、眉を寄せたままの彼女の表情が気になって、俺は横から問いかける。


「どうした?」

「あの……今の電話、ちょっと変だったんです」

「変? イタズラ電話とか?」

「いえ、全く反応がなくて。イタズラというより、間違い電話なのだと思うのですけど」


 小内ははじめ、掛かってきた電話に普通に出たらしい。名乗って、それから相手の声に耳を澄ませる。しかし、いくら待っても向こう側からの声がしなかった。だからあのように、しばらく黙ったまま耳を澄ませていたのである。


「ああ、でもたまに、そういうことあるよ。携帯電話をポケットや鞄の中に入れたまま、間違って発信ボタンを押しているとか。電話をかけていることに、気づかないんだよ」


 あるあるだ。後から通話履歴を見て、やらかしていたのに気づくのを含めて。


「そうなんですけど……その、微かに向こうの方で音がしたんですよ」


 だが小内は、腑に落ちないといった顔のまま呟く。


「私も、外村さんの言うように電話が繋がってることに、気付いていらっしゃらないのかなって思ったんです。その場合、通話先の物音かなんかが遠くで聞こえている状況になりますから。だから、少し待って反応がなかったらすぐに切ろうと思ったんです。でも、耳を澄ませているうちに、遠くで人の声のようなものが聞こえているような気がしてきて」


 彼女はそこまで言うと一度言葉を切った。そこでようやく、気づく。彼女は困惑しているというより――少し、怯えているらしい。


「あの……本当に私の聞き間違いかもしれないし、幻聴かもしれないんですけれど。……ずっと聴いていると向こうの方でずっと、お経のようなものが聞こえてきているような気がしてしまって……携帯電話の番号だというのはわかるんですけど、見覚えのないものでしたし、こちらからもう一度掛けるのもちょっとなあ、って……」

「…………」


 俺は咄嗟に言葉を返せない。

 彼女の言う通り、聞き間違いだろうと思うけれど――なんだか、背筋がひやりとした。暦の上ではもう秋とはいえ、残暑が厳しいこの頃である。暑いと感じても、寒いと感じることなど久しくないというのに。


「あ、あのでも、やっぱりよくわからないので切りました。いたずら電話かもしれないし。気にしないでください!」

「そ、そうだよな。本当にお経が聞こえていたとしても、法事か何かの最中にかけてしまったかもしれないからな」


 取り繕うような小内の言葉に、俺も乗った。二人して、アハハハ、と感情のあまり籠っていない笑い声を無理やりあげる。

 本当に用事があったのならまた掛かってくるだろうし、聞き間違いかもしれないし、そうでない場合は――まあ、法事の最中の間違い電話が弊社に掛かってくることもあるかも知れない。確率は物凄い低い気はするが、気にしたら負けである。


「そういえば、電話を介しての怪談話も、よくありますよね」


 話はこれで終わると思いきや、小内がそんなことを言い出した。

 もう既に、俺は先程の話を忘れたい気分なのだが、実際に耳にした小内にとってはそうすぐに切り替えられるものでもないようである。これも後輩への配慮か、と俺も渋々言葉を返す。


「メリーさんとか?」

「そうですね。メリーさんは有名ですね」


 ……もしもし、わたし、メリーさん。今ね、貴方の後ろにいるの。

 何度も電話を掛けてくる少女は、そんなフレーズで、どんどん自分の近くまでやってきて、仕舞いには真後ろにいる、なんていう定番の都市伝説である。


「でもメリーさん以外にも、ホラー映画とかには多いじゃないですか。突然電話が鳴り響いて、取ったら恐ろし気な声が聞こえるとか」

「あるある展開だな」

「私、あれ見る度に思っちゃうんですよね。わざわざ電波ジャックしてまで人間脅かさないとならないなんて、幽霊も大変だなあって」

「……」


 小内が本当に真面目な顔をしてそんなことを言うものだから、俺は突っ込みすら忘れた。


「外村さん。もしかしてさっきの、霊的な何かからの営業電話だったのでしょうか?」

「そんなわけあるか」


 もしそうだとしても、弊社は生者以外のお客様からのお問合せはお断りだ。


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