物書きを気取る凡人
駄文だ。読む価値もない。いたずらに言葉を書き連ねるだけで、思想も思考も表現もなく、思いつく限りを並べて眺めて満足しているだけの自慰行為に、わざわざ人様が付き合ってやる必要もない。
自ら書く小説や随筆は誰かに影響を与えるだけの価値があるのだと愚かにも勘違いしているが、内容はひどくありきたりで、凡庸の域を出ない、いや、それどころか、誤字脱字や矛盾だらけの作品は、著者自らが読み直したかも定かではないくらいの酷い完成度だろう。
登場人物には統一感がなく、場や世界観の構築も脆弱で、言葉だけが空気みたいにぷかぷか浮かんで、読者は漠然とした宙空をつかみどころも見るべきところもなく無理やりに歩かされる。歩いているはずなのに足が地面についている感触はなく、読後にはどこかを通り過ぎたという微かな気配だけが残っている。まるで電車の窓の外を過ぎていく景色みたいに頼りなく、模糊としていて、それがたとえ昨日と今日とで違うものになっていても、誰も気づきはしない。そんな景色みいたいに。視界を言葉がものすごい速さで通り過ぎていくだけ。
彼はなにを思って描き始めたのか、なにを目的としているのか、なにを表現せんとするのか。
どのような優れた建築技術を駆使したところで、所詮は砂のような緩く脆い人格の上に堅固な城は建てられない。やわらかいだけではなく、著者は砂のようにまとまりがなくばらばらな、掴みどころのない人間なのだ。踏んでみれば鳴き砂のように妙に鳴いて見せてくれるものだろうかと思うものの、足の裏が汚れてしまってはかなわないし、そこまでして足蹴にする価値があるものか疑わしい。
小説が本来的に備えているべき軸や芯が決定的に欠けていて、上部だけを言葉がすべっていく気持ち悪さがある。今までそれなりに文章を書いてきたという自負が言葉遣いや表現のなかに多少はうかがえるものの、時々によって文の質が異なり、文体も異なり、どこで力を入れ、どこで抜いたか、読み手から悟られてしまう程度の筆力であるがゆえに、余計に苛立たしく感じられる。
恥じらいも奥ゆかしさも遠慮もなく、自らの排泄物を食卓に並べ上げて客人に供するが如きおぞましさで、彼はその人間的欠陥を自ら書いた文章によって露呈しているのだ。
嬉々として書き始めては、物語を描き終えるころになると、まとまりのなさに絶望的になり、自暴自棄になり、まるまる捨ててしまうように次の作品へと移る。はたしてこの人物に書く資格があるだろうか。もっといえば、生きる資格があるのだろうか。まず恥ずべきで、次いで、死ぬべきかもしれない。
誠実さが足りない。努力が足りない。技術も発想力も想像力も足りていない。忍耐も足りなければ、瞬発力も足りない。
人と人との間に潜んで人間を観察し、穴を穿つまでに仔細に情を読み取らねばならない。本を読み、人を読み、時代を読み、世相を読み、そうして世界を読み尽くしたあとの残滓だけが、作家にとってのその指が紡ぎ出すことが可能な文の唯一の糧となり、その文こそがいずれ段落に、その段落こそがいずれ章に小説にと育っていくのだけれど、著者はその途上にすら立っておらず、立とうという意志や決意の半端なことすら、言葉に表現されてしまっている。
どれほどの恥知らずであれば才能もないのに小説を書くなどという間抜けな真似ができたのだ、とこうして彼の人格否定をしてみたところで、この声は届かぬかもしれない。いや、違う。この声は必ず届いているはずだ。いつだってその声を彼は聞いているのだから。自身で自身の心に耳を傾けたならば、文章の稚拙さや滑稽に気づかないわけがないし、あるいは、自らの作品を読み直したならば、筋の通らないところや矛盾や一貫性の欠如に気づかないわけがない。彼は何度だって自らの作品を読み直している。そうしてときには自らの書いたものに感動すら覚えている。自分の意識する自分とは別の一面の自分を文章のなかに見出して喜ぶのは、水に映じる自らに引き込まれて溺れるくらいに滑稽だ。
彼に、生きる価値など微塵もないかもしれない。彼が小説を書くことはまったくもって無意味なのかもしれない。くだらないことに時間を費やして、人生という限られた時間を蕩尽しているのかもしれない。
頭は働かんわけではなかろうから、一生懸命に労働に勤しんで貯蓄にでも励んでいれば、幸福になるに十分な金だって稼ぐこともできるだろう。なのに、なぜ、小説などという金にもならない、人のためにもならない、いずれは忘れ去られて消えてしまう、過ぎていくだけの事柄に夢中になって自ら人生を賭すというのか。
才能もないのに。誠実さに欠けているのに。言葉に、意味にすがるように、自らの人生に言い訳をするかのように、書き続けているその愚かさを嫌というほど自覚しているのに。
稚拙な作品を並べては、懲りずに次へ次へと書き続けていく愚かさという点においては、彼はもしかしたら非凡なのかも知れない。そして、その愚かさを恥じぬ豪胆に限っては、あるいは人に少しくらいは誇ってもいい美点かもしれない。
こうして書き続けた結果としてなにもならなかった、なにも生み出せなかったという彼の人生そのものもまた、彼の死とともに一つの物語になる。だが、それもまた、小説としては大して面白くもないし、きっと、誰も読みたくもない。ならば、彼は少なくとも、一度くらいは良い作品を書いてみないことには、死んでも死にきれない。
だから、作家を気取るやつは手に負えない。とりわけ、私のようなつまらない凡人は。
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