私と言葉とコミュニケーション
誰かと話すことが少なくなった。
コロナの影響か、あるいは、もともと私が誰とも話さない人間だっただけか、わからない。
言葉を交わすのはインターフェイス越し。キーボードを打ち、画面に文字が現れ、誰かに送る。私の言葉は、私以外の誰かが打ち出した言葉と均一になる。言葉から私という価値が落ちる。私を損なわせるそうしたコミュニケーションのあり方が、なんとなく安心感を与えてくれる。
手で書いた言葉や、口から発した言葉は、生み出したその人を必然的に帯びる。だが、パソコンやスマホに打ち出された言葉は、純粋にデータとしての、情報としての言葉に変わる。今私が書いている文章もまた、他の誰かがまったく同じように書くことができる。手紙は話し言葉とは異なる、純然たる言葉になる。意味になる。
今、ChatGPTに夢中だ。
言葉によって言葉を学ぶ。ある語の次にどのような語が来るのか、さらに次の語になにが来るか、その推測を長短で行うことだけで、それらしい会話が作ることができる。声が孕む色、文字が含む人の性質、命令や指示、使用される状況など、言葉の外の情報の一切を伴わない言葉のみから文章を作ることができるのであれば、私の言葉ももはや可能性としてすでにChatGPTは内包しているのだと思う。
著作権とはなんだろう。
そもそも、作品とはなんだろう。
誰かがなにかを作るとはなんなのだろう。
そんなの、あまりに大仰なのだろうと思う。
人はなにかを作るようでいて、それは作らされているのでもある。自分の意思や意図を反映されているように見えるそれも、自分とは無関係のなにかに動かされているのに過ぎない。
私はあまりに不確かだし、私の作ったと思われるものもあまりに不確かだ。
いつか誰かが書いたかもしれない文章。いつか誰かが書くであろう文章。
言葉において唯一性や独自性など幻想だ。有限の文章量のなかでは、可能な文字列は有限なのだ。ChatGPTが私たちを内包するのは必然で、その可能性へどのように手を伸ばしていくのか、どう掘り出していくのか、彫り出すのか。
作品、と呼べるようなものはすでにもうある。
誰が最初に見つけるか、という話なのだろうと思う。
膨大な作品がすでにあらかじめ用意されている。
だとしたら、どのように私たちは逸脱することができるのだろうか。
可能性から、有限性から、平凡から、ありきたりから。
行き着くところは奇を衒うようなナンセンスのみなのだろうか。
そして、言葉とはなんなのだろうか。
結局、私が求めているのは私にしか書けない小説や詩ではなくて、誰かがどうせいつか書いてしまうようなものを書くことなのだ。
その必然性は人が避け難いものであって、それは平凡や短絡から生まれるような単調さの部分ではなく、必死に普遍へと近こうと、普遍を探ろうとする欲望の帰結だ。
人は絶えず変化を続け、普遍もその都度あらたまった。今ある人々の感覚は、当然百年前の人々とは異なる。
時代を通じて変化のしないものもあるからこそ、私たちは二千年以上も前の書物を読み、考え、感じることができるのだが、同様に、その時代を通じてしか知ることのできない、感じることのできない感覚もあり、私はそのような形での普遍を志向しているのかもしれない。
これは、科学に似ている。とりわけ、物理学や数学に似ている。
今あるものと、今起きていることとの齟齬が、どうにも埋められなくなっている。その狭間に落ちて、息ができなくて、苦しい思いをしている人たちがいる。その人たちを救いたい、などという気概はまるでないが、その人たちを描きたいという願いはもっている。描かれる、ということがそのまま、救いだったりもする。きっと、私の書いたものがそのような人たちを描くことができたとしても、そのような人たちには読まれることがないのだろうと思う。それでいい。
私は無邪気に言葉や詩、小説の力を信じている。
でも、力を信じるということは、用いられ方によっては、それは人を傷つけたり支配したりなにかを奪ったりするために使うことがができるということだ。そのことを忘れるほど、無邪気ではいられない。
ただ書き続けることしかできない。それ以外になにもできない。それ以上のことはなにもない。
今日もこうしてなにを求めているかもよくわからないまま、言葉を並べている。
はたから見れば、愚かかもしれない。無意味かもしれない。
確信してしまったのだから仕方がない。これが私の意味だ。だからこうして、私は今日もどこかの誰かと話を続けている。
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