🌸 花咲か爺さん(2)餅から大判小判が

 ここは、小間物問屋・赤螺屋あかにしやの中庭。

 お座りをしたポチを、黒兵衛や番頭・久助きゅうすけ、店の若い衆数人が取り囲んでいる。ポチの首には荒縄が巻かれ、そこから伸びた縄を小僧がしっかりと握っている。

「ポチ。いい子だから、大判小判のありかに案内しなさい。そうすれば、今夜のおかずは、美味しいメザシだ」

 黒兵衛が、優しい声でポチに話しかける。若い衆の中から、クスクスと笑い声が漏れた。

「誰だ! 笑ったのは。今度笑ったら、今日の夕飯は抜きだよ」

 皆、真顔になった。

「旦那様。畜生の悲しさで、いくら旦那様のご命令でも、こ奴に通じるとも思えません」

「番頭さん。だからあんたはダメなのだよ。これは、そんじょそこらの犬とは違う。宝のありかを善兵衛に教えた霊犬れいけんだ」

「はあ」

「いつでも出かけられるよう、用意はできているね? 番頭さん、あんたは店に残りなさい。私の留守中、間違いのないように」

「承知いたしております」

幸助こうすけは、死んでも縄から手を放すんじゃないよ」

「へぇ」

 小僧が、不安そうな声で答える。

平太へいたは、くわ3丁とざる3個持ったか?」

「へーぃ」

 平太と呼ばれた若者が、眠たそうに答える。

「私は、おい(修験者などが背負う箱)を背負っていく」

「あのぅ、旦那様」

「番頭さん、何ですか?」

「旦那様を入れて3人では、人手が足りないのではありませんか?」

「これで十分。足りなければ、野次馬にでも手伝わせりゃいい」

「なるほど」

「これ、幸助。あれほど言っておいたのに、そのは何だ。赤螺屋の印半纏しるしばんてんを着ていないじゃないか。番頭さん、すぐに持ってきておくれ」

「は、はい」

「まったく。ただ走ったんじゃもったいない。赤螺屋の名を広める、いい機会だ。成り上がり者の善兵衛なんぞに、負けていられるか。それと、決して赤螺屋の歩き方を崩すんじゃないよ」

 その時、今まで静かだったポチが、激しく吠え出した。

「ほーら、来た。さあ、行きますよ」

 3人は、ポチに引っ張られるようにして、店の裏口から出ていった。


 ポチは、狂ったように吠えながら、ぐいぐいと縄を引っ張る。身の軽い幸助は、ポチに引きずられるように、前のめりになって走る。それを鍬と笊を持った平太と、笈を背負った黒兵衛が追いかける。3人とも、赤螺屋の印半纏を着て、例のひょいひょい歩き――今は走り――をしている。

 これを見た通行人は、ひと目で赤螺屋による「ここ掘れ、わんわん!」だと悟った。そこは物見高い江戸っ子のこと。大判小判を掘り出す様を見逃すまいと、3人の後を追う人がどんどん増えていった。

卒爾そつじながらちとお尋ねいたしますが、このおびただしい人の群は、いったい何でございましょう?」

「こっちが知りてぇよ」

「あれらしいよ」

「何でぇ、あれって」

「犬」

「犬? するってぇと何か。犬か! こうしちゃいられねぇ。俺も追いかけるぜ」

「何です? 犬って……。あ、二人とも行っちゃった。あたしも行こう」

 こうして、赤螺屋を追う群衆は、どんどん膨れ上がっていった。


 ポチが3人を導いたのは例の空き地だったが、善兵衛が大判小判を掘り出した場所からは、少し離れていた。

 ポチは、大声で吠えながら、前脚で地面を叩いている。その様を見下ろす黒兵衛は、満足そうだ。

 3人と1匹を取り巻くようにして、大勢の野次馬がひしめいている。

「いよいよだな。ポチの縄は私が持っているから、二人でそこを掘りなさい」

「へーぃ」

 平太と幸助は、鍬を振るってポチが示した場所を掘った。取り巻く群衆は、固唾を呑んで見守っている。ところが、なかなか宝物は出てこない。

「お手伝い、しやしょうか? こちとら、土堀りは得意なんでね」

 野次馬の中にはそう声をかける者もいたが、黒兵衛は黙って顔を横に振った。

 そのうち、平太が振り下ろした鍬が、「ガチッ」と何か固い物に当たった。

「出たか。ここからは、手で掘りなさい」

 しばらくして、地中から出てきたものを平太が取り出して、黒兵衛に渡した。それは、黒いかわらのカケラだった。

「何だね、これは。もっと深く掘りなさい」

 しかし、いくら掘っても、出てくるのは瓦のカケラや石ころばかりだった。群衆の期待は一気にしぼみ、ぞろぞろと立ち去り始めた。

「やはりな。ケチには石塊いしくれがお似合いだ」

「赤螺屋なら、瓦のカケラも無駄にはしないさ」

 収まらないのは、黒兵衛だ。

「おのれ、駄犬め。人をコケにしおって!」

 頭に血が上った黒兵衛は、近くに落ちていた太い木の枝を拾うと、ポチの頭に振り下ろした。ポチはたまらず「キャィーン」と鳴いて、その場に横倒しになってしまった。

「さあ、引き上げるぞ。幸助は善兵衛の店に行き、ここへ来てポチを引き取るように言いなさい」

「へ! 私がですか? 善兵衛さんに怒られてしまいます」

「心配しなくていい。まだ、死んじゃいないさ。それに、悪いのは人間様を愚弄したこの犬の方なんだから」

「へぃ」

 幸助は駆け出した。

「こら、幸助! 赤螺屋走りを忘れるでないぞ!」


 善兵衛とキヨが空き地に駆けつけると、ポチが頭から血を流して倒れていた。

「可哀そうに……。おや、まだ息があるよ」

「いや、助かるまい。ポチには可哀そうだが、このまま死んでもらおう」

 翌日、善兵衛とキヨは、例の空き地――ちょうど大判小判が出てきた場所――にポチを埋葬し、墓標代わりに木の苗を植えてやった。

「赤螺屋メ。まんまと引っかかったな。これで赤螺屋の評判はガタ落ちだ」

「評判といっても、町人の評判では、赤螺屋さんには痛くも痒くもないでしょうよ」

「ふふふ。抜かりはないさ。お奉行様にしこたま鼻薬を嗅がせてある」

「これも、ポチのお陰ですねぇ。もう一度、手を合わせましょう」


 ポチの亡骸なきがらを葬った場所に植えた木の苗は、不思議なほど成長が速かった。1年も経たないうちに、人一人では抱えきれないほどの大木たいぼくとなった。これも、ポチの霊力の賜物かもしれない。善兵衛は職人を雇ってこの木を切り倒させ、そこから取った材木で大きなうすを作らせた。

 善兵衛はポチの命日に、例の空き地でこの臼を使って餅つきを行うことにした。ついた餅は、ポチを弔いに来た人に振舞うという。その旨、あらかじめ瓦版かわらばんに載せて、近隣の人達に知らせるという念の入れようだった。


 ポチの命日は、雲一つない秋晴れだった。

 大木の切り株の近くにゴザが敷かれ、臼やきねが置かれている。傍で善兵衛とキヨが餅つきの準備をしていて、まわりを大勢の人が取り巻いている。

 米屋から、蒸したてのもち米が、運び込まれた。

「では、非業の最期を遂げたポチを供養するため、餅つきを始めます」

 善兵衛が杵を振るい、キヨが餅を裏返したり水を付けたりした。二人の息は、ピタリと合っていた。

 ある程度餅が餅がつけてきた時、杵が「ザクッ」という異音を発した。

善兵衛が杵を振り下ろすたびに、「ザクッ、ザクッ」という音がする。

 善兵衛が餅の中から何かを取り上げて、頭の上にかざした。それは紛れもなく、金色に輝く小判だった。

「うぉー!」

 周りの人たちが発する歓声が、辺りにどよもした。

「これも、ポチの霊力によるものでしょう。餅から出てきた大判小判は、本日ポチのためにお集まりいただいた皆様に差し上げます。一列にお並び下さい。たくさんありますので、どうか慌てないで下さい」

 

 この出来事も、たちまち江戸中の評判となった。善兵衛・キヨの株は、上がる一方だった。それに比べて、赤螺屋・黒兵衛の評判は落ちる一方だ。なにしろ、不思議な霊力を持ったポチを叩き殺したのだから。

 このところ赤螺屋の黒兵衛は、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

「おのれ、善兵衛メ。あの餅つきも、おのが店の評判を上げるための方便だろう。餅から大判小判が出てくるわけがない」

 現に、このところ善兵衛は、大名屋敷や大身の旗本の屋敷にも出入りし始めたらしい。いずれ、大奥御用達ごようたつも狙ってくるかもしれない。

 善兵衛の台頭をどのようにして防ぐか。思案を巡らす黒兵衛であった。


《つづく》


 

 


 

 

 


 

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